室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

心房細動の手術──意義が問われるアブレーション手術(58回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術
心房細動の手術──意義が問われるアブレーション手術
不整脈治療の現

 心臓の鼓動はなぜ一定なのでしょうか。その秘密は、心臓の内部で絶え間なく発生している電気信号にあります。リズミカルに発生する電気信号に合わせて心臓の筋肉は収縮と拡張を繰り返します。そうしたリズムを作り出す仕組みによって心臓の鼓動は安定しています。
 ですが、この心臓の電気信号が乱れることがあります。年をとるなどして、うまく電気信号を作れなくなるためです。「不整脈」という病気です。
 不整脈の中でも最も多いタイプが「心房細動」です。やはり年齢を重ねるほど起こりやすい病気で、日本循環器学会によると、40歳以上では100人に1人ほどの割合で心房細動が見つかるという報告もなされており、かなり一般的な病気なのだ、ということがうかがえます。
 心房細動は命にもかかわる病気です。というのも心房細動は、脳の血管に血栓を詰まらせる原因を作り、間接的に脳卒中を引き起こすからです。そもそも心房細動とは何か、というのを簡単にここで述べておきましょう。心臓の内部において、肺を通って酸素を取り入れた血液を受けているのが左心房と呼ばれる場所です。ここに異常な電気信号が発生すると、心臓に小さなけいれんが起こります。これが心房細動です。この状態になると、心臓がうまく動かなくなり、心臓の周りにあって、心臓に血液を供給している「冠動脈」と呼ばれる血管に停滞が起きます。このときに滞った血液が左心房の壁で固まりを作ることがあり、それが血栓になります。怖いのは、この血栓が脳の血管に流れていった場合で、これが脳の血管を詰まらせることがあります。これが心房細動により起こる脳卒中で、「アテローム血栓性の脳卒中」と呼ばれています。
 心房細動になると、心臓の鼓動の異常として症状を感じることもありますが、症状がないこともあります。検査としては問診や身体検査を行うほかに、大切なのは心電図による検査です。波形から心臓の電気信号の異常を知ることができるからです。
 心房細動と判明したときには、血液が固まりにくくなるようにする薬を使います。このほかに電気信号のリズムを正常にする薬もありますが、最近ではその効果が不十分と考えられるようになり、あまり使われなくなっています。

心筋アブレーションの問題点

 一方で、電気信号の異常を手術によって治す方法も知られています。太ももから太い大静脈へと管(カテーテル)を這わせ、心臓の内部まで進めます。その上で、カテーテルの中に通した電極により左心房の壁を50度くらいの温度で熱します。こうすることにより、異常な電気信号を止めるのです。心臓の筋肉である心筋に熱をかける(アブレーション)ため、「心筋カテーテルアブレーション」と呼ばれています。
 これに限らずカテーテルを血管から心臓まで伝わせて行う手術全般に言えることですが、こうした方法だと胸を開く大がかりな手術を行わなくて済むので、手術の中では行いやすいものとされているようです。
 カテーテルアブレーションにより異常な電気信号を止めることで、多くの場合は薬を飲む必要がなくなります。胸を開くことに比べれば手術が安全なこととあいまって、その後の普段の生活が楽にすごせるというメリットもあるので、日本においてもこの手術は1994年に「経皮的心筋焼灼術」として医療保険適用となり、積極的に受け入れられてきました。

薬で済むならばそちらの方が好ましい

 しかし、このごろでは心筋カテーテルアブレーションの手術は安易に行わないように、という流れになっています。「薬で問題なく症状や心拍をコントロールできているならば、心筋カテーテルアブレーション手術は行わないように」との見方を米国不整脈学会も示しています。
 この手術を実施することで症状が改善したり、薬が不要になったりするというメリットはあるのですが、手術のリスクも大きいことが分かってきたためです。また、手術後も薬を継続する必要が出る可能性も指摘されています。
 薬を飲み続ける、というのは確かにわずらわしいですし、薬そのものも血液を固まりにくくする効能があるために、出血しやすくなるといった副作用もあります。カテーテルを使った手術は体への負担は軽いとはいえ、手術には変わりありませんから、出血や感染症のリスクも伴います。しかも、経済的な側面は無視できません。医療費が米国よりも安いとされる日本であっても、心筋カテーテルアブレーション手術を受けると、その費用として150万~200万円ほどかかり、3割負担としても軽くはなく、一般人が気軽に受けられる手術というわけにはいきません。さらに問題なのは、症状が再発する場合がある点です。そうなったときの選択肢としては、当然再手術ということになるわけです。そうなると、リスクは2倍、費用も2倍。その再手術にしても、本当に症状が継続的に消える保証があるわけではないのです。
 この分野の米国での権威である学会の意見としては、薬を飲むことで済むのならば、それにとどめておけ、という見解となっています。
 ここでも、本書で繰り返し申し上げてきたように、メリットとデメリットをてんびんにかける、ということの大切さが示されているのではないでしょうか。