室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

胃ろうの手術──認知症では意味なし(57回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術
胃ろうの手術──認知症では意味なし
病棟の4割が経管栄養

 高齢になり、食事を自分で食べられなくなったときの選択肢としては、中心静脈栄養のほかにも、経管栄養と呼ばれる方法があります。大まかに二つに大別されており、一つは鼻から胃まで管を通して、栄養液を流し込むという方法です。もう一つは、おなかに穴を開けて、胃や腸に管を接続して、そこから栄養液を入れる方法です。胃につなぐ場合は胃ろうと呼び、腸につなぐ場合は腸ろう、と呼びます。
 日本慢性期医療協会の2016年の調査によると、長期にわたる入院に対応するベッドを設置する病棟において、経管栄養を利用している人は3~4割となっていることがわかっています。口から食べる能力が低下して、経管栄養で栄養を取らざるを得ない人が、入院している方々の中でそれぐらいの割合にまで上っているのです。
 私自身も高齢者に胃ろうをしている現場を何度も見ていますし、経管栄養をしている現場にも足を運んでいます。いったん経管栄養になると、その人は口から食べることができなくなる場合が多くなります。認知症になった高齢者であれば、もう寿命を全うするまで、栄養液を注入されている状態が続くのです。多くの場合、寝たきりです。その人の生きる目的が今どこにあるのか、人の生き方とはどうあるべきかという問題を突きつけられる思いがしました。そうした倫理的な問題などもあり、10年ほど前から報道などで経管栄養のことが紹介されることが増えてきました。2012年には、日本老年医学会が、人工的な水分や栄養補給は、場合によって中止も検討すべきと発表して大きく注目されています。
 ですが、2020年が近づく現在に至っても、現実的にはなかなか中止はできずにだらだらと栄養液を受けながら、実質的な延命医療を受けている高齢者が多いのも事実です。胃ろうの問題は一般的にも認識されるようになり、家族の希望もあり、徐々に減っていると聞きます。一方で、鼻から胃に管を通す経鼻経管栄養が増えているとの情報もあります。これも本質的には同様です。
 高齢になり、口からものを食べられなくなるくらい身体機能が低下してしまっている人の数が多いわけですが、はたして、管から栄養をとる、ということが唯一最善の策なのでしょうか。高齢のために経管栄養になったケースにおいては、口から食べられなくなった時点で寿命が来たととらえるべきで、経管栄養が延命治療になった段階で、中止も検討すべきなのではないかという議論は日本においてはまだ熱を帯びています。

胃に直接栄養液を入れても逆流してしまう

 チュージング・ワイズリーでは、認知症になった人に対する胃ろうは意味がないと説明しています。
 米国医療ディレクターズ協会が、認知症の人に胃ろうを作るべきではなく、口から食べてもらうべきと指摘しているのです。
 介護の現場でも、こうした問題は切っても切れない問題になっています。認知症になると日々の食事も困難になることがあり、食べられなければ当然衰弱してしまいます。ですから、胃ろうを作ることで、人工的に栄養を補給しようという考え方がでてきます。認知症のケースでは、体の衰弱がまだそれほど顕著でないことも多く、食べられない状態で放っておくわけにはいかないと見られる傾向があるのです。日本でもそうした事情があり、認知症の高齢者に対して、胃ろうのような経管栄養で栄養補給をするという選択肢をとることは珍しいことではないと医療従事者の声として聞いています。
 ですが、そうしたからといって延命効果があるわけでも、生活の質が高まるわけではないというのは、米国の医学界では共通認識になってきています。チュージング・ワイズリーでは、認知症になった人に対する胃ろうは意味がない、という立場をはっきりととっています。米国医療ディレクターズ協会も、認知症の人に胃ろうを作るべきではなく、口から食べてもらうべきと指摘しています。同じような見解が、米国ホスピス緩和医療学会や米国老年病学会からも示されています。
 そうは言っても、口から食べられなくなったときに、無理に口から食べると誤って気道に食べ物が入り込んでむせるのでは、という懸念もあります。誤嚥性肺炎と呼ばれる病気につながり、命にもかかわることがあるのです。日本において死因の3位は肺炎ですが、肺炎死のほとんどは65歳以上であり、さらにそのほとんどが誤嚥性肺炎と報告されています。こうした問題に対して、胃ろうにすることで、直接胃に栄養液を入れるから安心できる、という考え方があるのです。ですが、ことはそう単純ではない、というのが昨今では常識になってきています。胃から逆流した栄養液が気道に入ってしまうことがあるのです。
 結局、難しくとも、口から食べられるように介助してあげることが大切ということなのです。最近では日本でも、自ら食べられなくなったらそれは寿命が近づいているということなのだと考えるような風向きの変化もあり、人工的な延命は控える方向に進みつつあります。延命をめぐっては日本でも大きな議論を呼んでいますが、胃ろうを含めた経管栄養をめぐって、米国では強烈な逆風が吹いていると知ることで、日本の高齢者医療をより複眼的にとらえることができるはずです。