あとがき
チュージング・ワイズリーを調べるようになって5年ほどになりました。はじめは私が偶然に目にした米国の変わった運動というくらいの印象だったのですが、そこで問題提起されている項目が日本人にとっても切実な問題が多いことから、ぐいぐいとのめり込んでいくことになってしまいました。
私はチュージング・ワイズリーが発表するリストをフォローし、その内容をすべて検証する作業をずっと続けてきました。そうする中で、このムダな医療をリストアップする作業は、結局のところ、本当に必要な医療とは何なのかを考えることに他ならないとの感を強くしています。
チュージング・ワイズリーと出会ったのが、2013年で、そのときに関連して書籍を出し、インターネット上にも記事を書いて、とするうちに想像以上にSNSで話題が拡散しました。その影響かネット書店のアマゾンで書籍が総合5位になったときには、この話題はそんなに関心が高いのかと意外に思ったことを覚えています。個人的なことで恐縮ですが、その頃から医療関係の取材を受けることが増えたなと思っています。そうしてメディアの人と接して、読者の関心が高まっているという声をよく聞くようになったのもその頃でした。2019年の今、メディアから聞こえてくる読者の関心が、当時より格段に――わずか5年の間ですが――医療へと傾いていると感じています。日本は高齢化で、団塊の世代が70歳で、などと言いますが、単純に私の肌感覚として、日本は過去ないほど医療をどう受けるべきか、考える国家になっていると思うのです。その一方で、医療の問題は難しいという声も聞いていました。メディアで流れてくる話題は、がんや生活習慣病、認知症などのよく聞く話題に終始しているところがあり、「ちょっと紋切り型かな」などと思っていました。人が悩まされている病気は十人十色。バラバラというのが実情ではないか、と。人は自分が当事者にならないと、問題に向き合えない性質なのでしょう。それはメディアも一緒で当事者である読者や視聴者に出会わないと、なかなかその問題について情報発信をしようとは思わないのだろう、と考えてもいました。
誰しも当事者になった瞬間から、どんな専門的な問題であっても、格段に関心を高めるようになるものです。自分や近しい人が心筋梗塞になれば、心臓のことに詳しくなっていきますし、腎臓が悪くなれば、透析にかかわる医療に詳しくなっていきます。そうして、自分の受けている医療が本当に必要になっているのかと疑問を感じる人も増えているのだろうと思っています。「そうした人にとって、チュージング・ワイズリーは、考えるきっかけを提供してくれる良い動きでは」とずっと思ってきました。これは言ってみれば、医療のムダを考えることを通して、本当に必要な医療とは何かを一緒に考えようという動きなのです。米国は国際的にも医療問題への分析が進んでいる国ですから、米国の動向を知ることは、日本の課題を相対化する上でも意味があると考えていました。
実際、チュージング・ワイズリーについての関心をもたれる機会は増えていると思います。ですが、いかんせん専門的な内容も多く、なかなか簡単に解説することは難しいな、とも思っていました。
それが、今回、ムダな医療と国際的な医療という切り口から、チュージング・ワイズリーの入門編といった形で本をまとめられるチャンスをいただけたのです。扱っている病気や症状の当事者ではないのでよく知らない、という方々に、少しでもわかりやすくなればとの思いから、病気の基本的な知識や症状、診断や治療のごく基本、統計的なデータも入れました。できるだけかみくだきながら、病気の知識もつけていただき、ムダな医療の実態も輪郭が見えやすくなるように、と努めたつもりです。そこからチュージング・ワイズリーの精神にも触れていただけるよう心がけました。
この新書を通じて、自分が受けている医療についての理解をより深めていただくきっかけとしていただければ幸いです。とはいえ、国際的な基準、米国の基準を盲信することが常に正解とは限りません。大切なのは、情報を得ること、それから自ら考えることだと思っています。そこから、どう判断して行動に移していくか。医療従事者と対話をして、自らの答えを導き出すところまで考えていくことこそが目指すべきところではないのかなと考えています。
本書で紹介しましたチュージング・ワイズリーは、項目を日々増やしています。本書と並行して、さらに専門的な情報に突っ込んだ書籍も上梓する運びとなりますので、チュージング・ワイズリーの世界をさらに詳しく知りたいという方はそちらもご参照ください。
最後に、本書の執筆を支えてくれた家族に、ここに感謝を記します。
2019年1月 医療経済ジャーナリスト 室井一辰
参考文献
第1章
Choosing Wisely(ABIM foundation)
JAMA. 1998;280:1000-5.
室井一辰『絶対に受けたくないムダな医療』(日経BP)
『Trends in Low-risk Cesarean Delivery in the United States,1990-2013』(CDC)
J Obstet Gynaecol Res. 2018;44:208-216.
『平成23年受療行動調査』(厚生労働省)
第2章
Choosing Wisely(ABIM foundation)
室井一辰『絶対に受けたくないムダな医療』(日経BP)
Lancet. 2017;390:156-168.
第3章
Choosing Wisely(ABIM foundation)
室井一辰『絶対に受けたくないムダな医療』(日経BP)
『患者調査』(厚生労働省)
OECD (2018), Computed tomography (CT) scanners (indicator). doi: 10.1787/bedece12-en (Accessed on 13 August2018)
『ハリソン内科学第5版』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)
『国立がん研究センターがん情報サービス』(国立がん研究センター)
JAMA. 2011;305:2295-303. doi: 10.1001/jama.2011.766.
JAMA. 2018;319:588-594. doi: 10.1001/jama.2018.0204.
JAMA. 2001;285:2232-9.
『骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版』(骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会:日本骨粗鬆症学
会日本骨代謝学会 骨粗鬆症財団)
CT検査による医療被ばくの低減に関する提言(日本学術会議)
平成28年国民生活基礎調査(厚生労働省)
認知症疾患診療ガイドライン2017(日本神経学会)
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/nintisyo_2017.html
『ハリソン内科学第5版』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)
Lancet. 2014;383:911-22. doi: 10.1016/S0140-6736(13)60688-1.
『失神の診断・治療ガイドライン』(日本循環器学会など)
『平成28年衛生行政報告例の概況』(厚生労働省)
日衛誌 2003;57:636-644.
『国立がん研究センターがん情報サービス精巣(睾丸)腫瘍』(国立がん研究センターホームページ)
『こんな症状があったら「こどもの精巣が降りていない」と言われた』(日本泌尿器科学会ホームページ)
『出生数及び合計特殊出生率の年次推移』(内閣府)
第4章
Choosing Wisely(ABIM foundation)
室井一辰『絶対に受けたくないムダな医療』(日経BP)
『患者調査』(厚生労働省)
『「抗微生物薬適正使用の手引き」について』(厚生労働省)
『抗微生物薬適正使用の手引き 第一版』(厚生労働省)
『認知症を理解する』(厚生労働省)
『平成28年版高齢社会白書(概要版)第1章 高齢化の状況(第2節 3)第2節 高齢者の姿と取り巻く環境の現状と
動向(3)』(内閣府)
『日本皮膚科学会ガイドライン皮膚真菌症診断・治療ガイドライン』日皮誌 2009;119:851-862.
『国民生活基礎調査』(厚生労働省)
『コレステロール摂取に関するQ&A』(日本動脈硬化学会)
『人口動態統計によるがん死亡データ(1958年~2017年)』(国立がん研究センターがん情報サービス)
Wellness Supplements Market worth 249.4 Billion USD by 2020(Marketandmarket)
J Natl Cancer Inst. 1996;88:1560-70.
Adv Nutr. 2017;8:27-39.
『変形性関節症』(日本整形外科学会)
Questions and Answers: NIH Glucosamine/Chondroitin Arthritis Intervention Trial Primary Study(NIH)
『カプラン臨床精神医学テキスト DSM-5 診断基準の臨床への展開』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)
第5章
Choosing Wisely(ABIM foundation)
室井一辰『絶対に受けたくないムダな医療』(日経BP)
『医療施設調査』(厚生労働省)
『患者調査』(厚生労働省)
Cochrane Database Syst Rev. 2012;(5):CD009109.
Cochrane Database Syst Rev. 2014;(2):CD005970.
Cochrane Database Syst Rev. 2014;(3):CD005620.
歯科用アマルガム(に含まれる水銀)に関するQ&A 集(日本歯科保存学会)
『半月(板)損傷』(日本整形外科学会)
Am J Clin Exp Urol. 2014; 2: 323?331.
『入院患者とターミナルの医療提供状況に関する調査結果』(日本慢性期医療協会)
『高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 人工的水分・栄養補給の導入を中心として』(日本老年医学会)
日老医誌 2012;49:126-129.
日老医誌 2013;50:458-460.
日呼吸誌 2013;2:663-671.
『心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)』(日本循環器学会)
『カテーテルアブレーションの適応と手技に関 するガイドライン』(日本循環器学会)
第6章
Choosing Wisely(ABIM foundation)
室井一辰『絶対に受けたくないムダな医療』(日経BP)
『週刊東洋経済2018年5月26日号特集 医療費のムダ』(東洋経済新報社)
森田洋之『医療経済の嘘』(ポプラ新書)