室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

乳がんの手術──手術の前に知っておきたいポイント(55回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術
乳がんの手術──手術の前に知っておきたいポイント
乳がんをいかに治すか

 乳がんは多くあるがんの中でも最近、日本で特に注目されることの多いがんになっているかもしれません。
 乳がんの治療を受けている女性は、2014年のデータによると20万6000人存在しています(厚生労働省、患者調査)。国立がん研究センターのデータによると、2014年、乳がんに罹患している女性は7万6257人。死亡する女性は1万4015人です。5年生存率は、91・1%なのでほかのがんと比べると比較的高いほうではありますが、そもそも総数として乳がんにかかる人が多いため、多くの女性にとって、とても切実な問題と受け止められているのではないでしょうか。
 乳がんは、症状が出てから医療機関に受診するというケースのほか、検診などで見つかるケースもあります。検診では問診や身体検査のほか、画像検査が行われています。有名なのはマンモグラフィーと呼ばれる乳房のX線検査、超音波検査でしょう。こうした検査については乳がんの検査の節でも見た通り、その実施については慎重に考えるべきだという見方が海外では大きくなりつつあります。
 一方で、いざがんが見つかった、ということになり治療を受けるときには、がんのある乳房を切除することで治療していくことになります。またがん細胞は、リンパ球の通り道となるリンパ管を通して広がりますので、リンパ管やリンパ節の集まるリンパ節も切除されます。乳房の取り方としても、すべて取ってしまう方法や一部を取る方法など様々で、最近では、乳房を取った後に、人工的に乳房を再建する方法も保険で行えるようになり、一般的になってきました。治療の選択肢としても、がんの進行の状態によって放射線治療を組み合わせたり、薬を使ったりして治療をしていきます。

がん細胞の広がり方で治療を変える

 チュージング・ワイズリーでは、手術のやり方についての推奨をいくつかかかげています。
 米国がん委員会は、手術をするに当たって、先に針 はり 生 せい 検 けん と呼ばれ方法でがんの細胞を検査するように、という勧告を出しています。がんの細胞を調べることで、どのような治療をすべきかという見通しを立てられるからです。乳房をどれくらいの範囲で取るべきかを決められるほか、そもそもその腫瘍が悪性のものであるか否か、というところを見極めることになります。がんの手術をより適切に行うための、大切なプロセスです。
 また米国外科学会では、乳房の手術の仕方について、がんが乳房にとどまっているケースでは、がんのごく近くにあるリンパ節であるセンチネルリンパ節を必ず切り取るように、と説いています。センチネルリンパ節はいわば関所のような働きをして、がんをいったんとどめてくれる面があります。そのセンチネルリンパ節を取ることで、がん細胞をより確実に除くことができるようになります。
 センチネルリンパ節よりもさらに広い範囲を取るとなると、脇の下のリンパ節を取ることになるのですが、センチネルリンパ節にがんが多く見られなければ、脇の下のリンパ節までは取らないように、としています。脇の下のリンパ節はより大きな関所になっているため、そこを取ってしまうと、その後、リンパ液の流れが大きく変わるのです。そのため、大きく体がむくむ副作用が出てしまう可能性があります。できるだけ体への負担を軽くするためにも治療を最低限にとどめることが望ましいと言えます。
 米国乳腺外科学会でも、盲目的に脇の下のリンパ節を取ってしまわないように注意をしています。センチネルリンパ節を切り取り、そのセンチネルリンパ節で見つかったがん細胞が3つ未満であるならば、脇の下のリンパ節まで取る必要はない、という判断を示しています。

片方をとったらもう片方も?

 がんが片方の乳房に見つかったときに、もう片方も危ないかもしれないと考えるのは自然な気持ちかもしれません。米国では実際に乳房を両方とも取ってしまう選択をとる人が多かったのです。しかし、今ではそのあたりの事情も変わっていて、米国乳腺外科学会は、一方の乳房にがんが見つかった場合、もう片方の乳房も単純に切除してしまうことはやめるように、としています。取ったからといって実際に寿命を延ばす効果は乏しくて、その治療は過剰である可能性が高い、と現在では考えられているのです。
 また乳房を切ったときに、がんをすべて取りきったかどうかはとても大切なところです。ではどのようにしてがんを取りきれたか確認するかといえば、切除した乳房の組織を観察することで判断します。切除した乳房の切り口のところを基準に、がん細胞がどれぐらいの範囲に存在しているかを検討し、場合によっては再手術を行う判断をします。同学会は、切り口にがん細胞が見られないならば、再手術を行わないように、と勧告をしています。もっと簡単に言えば、乳房を切ったときに、その断面を顕微鏡で見て調べるわけですが、そこにがん細胞があると、もしかしたらすべて取りきれていなかったかもしれないということで、再手術した方がよいかなと考えることもあり得る、ということです。切り口にがん細胞が見られるかどうか、が線引きになってきます。切り口になければセーフ。切り口にがん細胞が露出していなければ再手術には及ばない、と学会は明言しています。学会がこうした基準を示すことで、無用な手術を防ぐことができるわけです。

乳がんの放射線治療

 放射線治療についても、チュージング・ワイズリーでは言及されています。乳がん治療には、IMRT(強度変調放射線治療)と呼ばれる3次元で放射線を照射して、がんを立体的にとらえて治療する方法があります。この治療法は皮膚への副作用を軽くできるメリットがあるということから広く行われてきました。ですが、米国放射線腫瘍学会は、IMRTは乳がんに有効である可能性はあるものの、安易に行わないようにとしています。原理として有効であるとは考えられるけれど、その効果についての根拠はまだはっきりしていないところがある、というのがその理由です。腫瘍が複雑な形をしていれば、複数の方向から放射線を当てる方法が有効になるかもしれないのですが、どんながんに対しても優れた効果をあげるものなのかどうかは、よくわからないとされています。
 かつて治療効果が信じられていたものが、その後に効果が否定されるというケースはいくつもありますし、時とともに副作用の問題点の方がむしろクローズアップされていく、ということもあります。治療を受けるときには、そうしたメリットとデメリットをてんびんにかけて考える姿勢が大切です。