前立腺がんの手術──治療に進まない、という選択
日本だけで20万人が医療機関にかかっている
前立腺がんの検査のところでも大きく取り上げましたが、前立腺がんをめぐる医療行為には、その意義が問われる場面が多くあります。
繰り返しますと、前立腺がんは中高年に多いがんで、死亡率は2016年に10万人当たり20人。男性のがんとしては、2015年の罹患者数が9万8400人で、男性で一番に多いがんです。
厚生労働省の患者調査によると1990年の調査日に前立腺がんで医療機関にかかっていた人は2万6000人でした。ですがこのころから増加傾向が顕著になり、2014年には1990年の10倍近い21万1000人に達しました。
2016年の国立がん研究センターのデータでは、年間の死亡者数は1万1803人。5年生存率(2006年~2008年に診断されたケース)は97・5%で、ほか180のがんよりも死亡に直結しないケースが多いところが特徴になっています。
前立腺がんと診断されたとき、がんの広がり方によって治療内容が変わってきます。がんが前立腺内にとどまっていれば、手術、放射線、監視療法のほか、ホルモン薬を使う内分泌療法といった選択肢があります。がんが前立腺の外へと広がっているときに内分泌療法などが行われることになります。
新療法、アクティブ・サーベイランスとは
前立腺がんの検査の節でご紹介しました通り、チュージング・ワイズリーは前立腺がんの検査については消極的な見解を出していました。治療についても、すぐに手術や薬などの治療にうつることについては慎重さを求めています。
この節では、治療法の選択肢として「監視療法」という方法をご紹介したいと思います。アクティブ・サーベイランスと呼ばれる考え方で、チュージング・ワイズリーではその価値に注目しています。療法という言葉はついていますが、実のところ「すぐには治療をしない、という治療」です。
どういうことかといいますと、定期的に検査をしながら経過を観察することを優先し、すぐには積極的な治療を開始しないのが最善である、とするのがこのアクティブ・サーベイランスの考え方なのです。たとえば米国放射線腫瘍学会では、リスクの低い前立腺がんについては安易に治療を始めないようにすすめています。リスクの低いがんというのは、がんが前立腺の内部にとどまっており、しかもがん細胞のたちも悪くないケースを言っています。とはいえがんが広がりやすいといった性質が確認できた場合には、手術などの治療を進めるのは妥当と考えています。がんをいったん放っておくにしても、がんの進行が予想できるときには治療を進めるところがポイントです。
学会などが指摘しているのは、まず前立腺がんの治療には選択肢が多くある、ということ。そのうえで、手術や放射線治療ばかりではなく、積極的に治療を行わない、という経過観察の選択肢もあることを知ってほしいと説明しているのです。
大切なのは、医師と患者との間でしっかりと会話することなのです。がんがあるのに単に何もしない、というわけではありません。がんを見張るのです。がんはすぐには広がらないかもしれないけれども、悪い兆候はいつでも見つけられるよう検査を続ける。ゆえに、「監視療法」と呼ばれているのですね。
もうひとつ、米国などで推奨されているのが、医師と患者との間で合意書を作ることです。監視療法は、がんが広がっているけど放置していればよい、では成立しない治療法です。あらかじめ、医師と患者との間できちんとした意見が交わされ、互いに理解をした上で進めなければいけません。治療の成功のためにも、トラブルを防ぐためにも、です。これも患者が医師に協力しなければ成り立たない方法です。ここをはき違えてしまえば、不必要な医療を避けようとして落とし穴にはまるという、悪循環に陥りかねません。医療従事者ばかりではなく、患者側の意識の転換が必要になるという時代の大きな変化を知るための、分かりやすい例が前立腺がんをめぐる医療と言えるでしょう。