室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

手術をする前に──事前の準備がとにかく重要(49回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術
手術をする前に──事前の準備がとにかく重要
がんの手術は年間100万件近い

 厚生労働省の医療施設調査のデータから推定すると、1年間に国内で行われている手術の件数はここ10年ほど増加傾向が続いており、最新の2014年のデータからの推定値としては250万件を下らない水準にあります。そのうちがんの手術の件数は100万件ほど。毎日全国で2500件近いがんの手術が行われていることになります。ここには口から内視鏡を入れて行う手術のような、いわゆる「切らない」手術は含んでいません。多くの手術が日々行われているわけです。

 いざ自分が手術を受けるとなったとき、どのようにしてもらうといいものか、気になるのは当然です。大きな病気になるほど、不安も大きく、戸惑ってしまうものです。

 病気になったときに医療機関から十分な説明をしてもらえずに、自ら情報をインターネットなどでかき集めている、という人の話は私も耳にしますし、最近ではテレビなどでも医療にまつわる話題は多いので、一般的に関心が高くなっていることがうかがえます。自分の受ける治療について理解が深まるのであれば、抱えている不安が和らぐところはあるのではないでしょうか。 

 とはいえ、がんの医療は必ずしも結論が明るいことばかりではありません。リスクを含めたネガティブな情報が多々あることも理解しておくべきでしょう。患者側にとっては、初めて知る事柄に直面する場合もあります。内容が高度で理解することは難しい場合もあるはずです。医療従事者の側からすれば、そうした中でどのように先行きを示して患者さんの信頼を得ていくのか、ということが課題になってきます。

 国際的にも、医療においてはじめに計画を立てておくことの重要性が強く認識されるようになってきています。特に、人生の最期にどのような医療を受けるか、というところでそうした問題が重要視されるようになってきているようです。最近では、アドバンス・ケア・プラニング(ACP)と呼ばれる考え方が日本でも広がりつつあります。この内容を端的に述べれば、延命治療を受けるかどうかを、健康なうちに意思決定しておく、というものです。

無計画の末の「不要な検査」

 がんの医療においても、そのようにはじめの段階でプランをしっかり立て、関係者全員の合意の上で治療が進められていくことが重要であると認識されるようになってきています。チュージング・ワイズリーにおいては、たとえば米国がん委員会が、がんの医療を勧めるときには一緒にケアプランも作るように求めています。がんを抱えながら生活していくとき、支えとなるものは病院などで受ける医師による治療ばかりではありません。理学療法士や作業療法士などがかかわるリハビリ、介護士が関与していく介護、心理カウンセラーなども関わる精神的なサポート、ソーシャルワーカーなどの関わる経済的なアドバイスなど、多岐に及ぶのです。そうしたもの全体を組み合わせたケアの計画を作ることに注目が集まっています。逆に言えば、医療ばかりに目をやるだけでは十分とは言えません。

 こうしたケアプランはムダな医療とも直結してきます。米国がん委員会は、これまでのがん医療では、治療が終わってからの不必要な検査が行われすぎた、という問題意識を持っています。一貫した計画が不在であるため、野放図な検査が行われやすくなっていた、というのです。その結果として、病気ではないものを拾い上げたり、不必要な治療を行ったりすることが見られるケースが多々あったと指摘し、さらには、不必要な治療によって副作用を引き起こすこともあったようです。当然、ムダな治療をしていれば精神的、経済的な負担の原因にもなります。

 そうした事態を防ぐためにも、最初の段階で見通しをはっきりさせることが重要だ、ということが米国などでは盛んに言われています。例えば、がんのタイプやステージ、受けるべき治療、その後に行うべき検査、必要なリハビリや支援までを含めた計画を作るのです。

 海外ではそのためのひな形も用意されており、ここまで示したようなポイントについて、どのような対応が必要かを考えるための仕組み作りも進んでいます。

 こうした試みは日本の医療機関でも参考になるはずです。治療に着手する前から、相談をしながら治療を終えた後のことも視野に入れた計画を早い段階で作っていくのです。悪いことではありませんし、できないことでもないでしょう。患者にとっても、決してマイナスにはならないはずです。

 もし医療従事者側と患者側で見解が不一致のまま治療が進められると、どうなるでしょうか。たとえば、がんが治る可能性が現実的にはないにもかかわらず、患者側が治る可能性を信じ続けている、というような場合です。治る希望を持つことは大切だとしても、その可能性が限りなくゼロに近いとすれば、行われる治療に患者側の不満が生まれる可能性は高いと想像できます。死の間際までそんな不満に心が支配されたとしたら、取り返しのつかない後悔を家族にも残しかねません。先が分からないまま、治療の見通しも立たず、患者は悩み、医療従事者はその悩みを受け止めきれない。家族も上手に支えていくことが難しくなる。それは不幸なことです。

手術の前の計画性が大切に

 手術を行うときに、最近では日本でも手術の効果を高めるために抗がん剤を使う補助化学療法が行われるようになっています。また放射線によってがん細胞を死滅させるような治療を組み合わせることも行われています。日本でも米国でも状況としては近いのですが、米国では、ここまで述べてきました計画性を重視する流れにあると思います。チュージング・ワイズリーでは、前出の米国がん委員会が、がんの手術に踏み切る前にがんのタイプやステージに合わせた補助化学療法と放射線治療を検討するように説明しています。単純に手術の治療効果を高めるために行う、というのも重要ですが、ケアプランも含めどのような治療を進めていくのか、患者と一緒に話して、「納得尽 づ く」でやりましょうという考え方の浸透を感じます。日本でも当然そのようにやっているということであれば問題はないのですが、もし、依然として医師に言われるがままで患者は従うだけ、という状況がまだあるならば、そこを変えていくような仕組み作りが必要になるのではないかと考えます。
 ここまで見てきたように、がんの医療においてはさまざまな“ツール”が存在しています。医療ばかりではなく、リハビリや介護などさまざまなものが含まれます。それらをいかに組み合わせるかをきっちり考えることが重要になっているのです。