室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

失神の検査──1回目ならCTやMRIは不要(33回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術
失神の検査──1回目ならCTやMRIは不要
意外と身近? 30人に1人が経験

 ショックを受けてその場に倒れる、というシーンを映画などで見たことはありますか? 普段の生活をしている中で、失神をする、という事態に出くわすことはそうそうないかもしれませんが、じつは医療機関にとってはありふれた症状です。日本循環器学会などの失神の診断・治療ガイドラインによると、救急車で運ばれる人のうちの1~2%は失神を起こした人だとか。海外のデータからは、失神を経験したことがあるのは男性で3%、女性で3・5%。30人に1人と考えると、そう珍しくないことのようにも思えてきます。
 失神とは、簡単に言えば気を失うこと。広辞苑を引くと、何らかのきっかけで反射的に脳貧血を起こして、一時的に意識を喪失することと書いてあります。医学書では、心臓の循環、神経の反射、精神の病気が原因とあります。そう珍しくないとは言え、いざ目の前で人が気を失うところを見たら、かなり気が動転してしまうものであることは確かでしょう。
 一度意識を失うような経験をすると、自分の脳に問題があるのではと不安に思うかもしれません。それは一般の人ばかりではなく、医療従事者もそう考えることはよくあるようで、医療機関でも失神患者に対し画像検査をして調べようとすることは日常的に行われています。通常、まずは問診や神経の働きを調べる神経学的な身体検査を行って、さらなる検査として画像検査が行われます。
 そうした検査を経て、問題が見つかると治療が進められることになります。失神の背景には、心臓や神経などの問題が考えられますが、心臓の働きに異常があれば、薬を飲むといった治療があり得ますし、神経の病気であれば、原因に合わせて薬を使ったり、場合によっては手術をしたりすることになります。

画像診断をしなくても問題の有無は分かる

 ですが、チュージング・ワイズリーでは、画像検査について「待った」をかけています。
 米国内科医学会は、失神を経験した人に対しては、それが1回目であるならば、身体検査で神経の働きを調べるだけで十分で、CT検査やMRI検査は禁物という意見を出しています。気を失っても、けいれんをしていたり、身体が繰り返し意図せずに動いたりするような、神経の働きが異常になっていることを示す兆候がなければ、脳の異常はないと判断してしかるべきだ、と説明しており、医師が診察することで、画像検査をしなくてもどのような問題があるかは分かるものだとしています。

ひょっとして貧血?

 さらに、違った角度からも失神を起こしたときの検査を慎重に行うよう指摘されています。米国神経学会が提言しているものです。この学会は、脳の貧血によって失神が起こる場合がある、ということに注目しました。脳の貧血が起こる原因の一つに、頸動脈が狭くなるケースがあるのですが、失神したからといって頸動脈を調べるための画像検査は不要、としています。むしろ失神をしたときには、話し方が変ではないか、身体を動かしづらくなっていないかといった点を先に調べるようにと説いています。
 なお、統計によると、頸動脈が塞がれて貧血になるようなケースでは、失神よりも身体の片方が動かしづらくなるといった症状があらわれるようです。画像検査をしたからといって頸動脈が狭くなっていることと失神との関連はわかっていません。そのための出費もムダであると問題視しています。
 突然失神を起こす人がいたらあたふたしてしまい、心配だからできる検査は何でもやってくれ、となってしまいそうですが、そこはいったん落ち着いて、今述べてきたことを思い出していただくとよいでしょう。