室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

認知症の検査──認知症と決めつけるのは危うい(32回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術
認知症の検査──認知症と決めつけるのは危うい
認知症700万人時代到来

 認知症は脳の病気です。物忘れや時間や場所が分からなくなるなど、普段の生活に障害などが現れてくるというのが症状になります。日本神経学会のガイドラインによると、日本ではおよそ500万人の高齢者が認知症にかかっていると考えられています。2025年には700万人を超える、とも見られています。
 認知症は、はじめは軽度認知障害として始まります。物忘れが頻繁になったり、不安感が強まったり、時間や場所についての認識があいまいになったりしてくるのです。さらに認知機能の低下が進むと、認知症になります。認知症となった場合には、医療に加えて生活の支援や介護保険の活用などが必要になります。早めに対策を取ることが、認知症になっても生活の質を下げることなく過ごす上で重要になってきます。
 世間の認知症への関心も高まっており、自分の親や身近な人が高齢になって物忘れが出てきたり、行動の異常が出てきたりすると、認知症を疑う方も多いと思います。

異常な行動の背景には認知症以外の原因も

 しかし高齢者の行動に異常が見られることがあったとしても、認知症と決めつけるのには慎重を期すべき、というのが最近の学会の動向のようです。
 米国看護学会が注目しているのは、「せんもう(譫妄)」と呼ばれる、異常な行動です。せんもうというのは、なかなか耳慣れない言葉ではありますが、その意味するところは、精神状態が急に変化したり、思考が混乱したりするという高齢者などに見られる症状を指す医学用語の一つです。認知症になると、やはり精神状態や行動に変化が見られますから、せんもうが見られると認知症である可能性が考えられても不思議ではありません。でも、早合点してしまうのはよくないようで、認知症とせんもうとは別物と考えられているのです。
 米国看護学会は、高齢者がせんもうを起こすことそのものはよくあることと指摘します。高齢者の約半数が、そうした精神状態や行動の変化を起こしているとみられ、そしてその原因は認知症以外のところにある――例えば、感染症や薬の副作用、認知症以外の脳の病気などが影響していることがある、としています。
 問題なのは、そうした原因があるにもかかわらず、認知症のせいにすることで対策が後手に回ってしまうことです。米国看護学会はアメリカの看護師をまとめている団体です。そうした立場から、全米で日々高齢者に接しながら働く看護師に対して、せんもうの症状を見逃してしまわないようにと注意を促し、早期に対策を打つように導いているのです。
 看護師でなくとも、高齢者にそうした行動の異常があったときに、誤って認知症だと見なしてしまわないようにしたいものです。ムダな検査や治療に導いてしまう可能性があると気をつけておく必要があるでしょう。
 なお、米国看護学会によると、そうしたせんもうの90%が認知症のせいにされているようです。本当に認知症であればまだしも、誤った判断を下すことで、不必要な入院を強いられたり、医療費がかかったりする可能性があるというのは深刻な事態です。大部分が正しい原因を見極められず、認知症と誤って判断されたまま放置されている高齢者が多いとすれば、問題は深刻です。認知症とみなされる人の数が大きく増えると予想されている日本においては、真剣に耳を傾けるべき提言と言えるでしょう。