室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

精神疾患の薬──抗精神病薬は安易に飲むとトラブルに(48回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術
精神疾患の薬──抗精神病薬は安易に飲むとトラブルに
日本人の入院の原因、1位は「精神疾患」

 精神疾患には、うつ病や統合失調症、神経症、摂食障害などさまざまあることはご存知なのではないでしょうか。ではその患者数はいかがでしょう。厚生労働省の患者調査によると、2014年の調査日における、うつ病の総患者数は72万9000人となっています。神経症は72万4000人。おおむね日本人の200人に1人程度が、医療での対応が必要とされている状態にあるという計算となるわけです。前節でも触れましたが、現在日本で入院している患者のうち最も多いのが、この精神疾患を抱える方たちです。

 精神科の教科書などをひもとくと、精神疾患というのは、脳の機能に異常が起こるために、気分や思考、関連した身体の状態などに問題が生じてしまう病気である、とあります。「脳の機能に異常がある」というと、もしかすると大げさに思われるかもしれません。世の中にはうつ病の人が多くいますし、そうした人たちのことを「脳の機能に異常がある」とするのは、と少々過激な表現に感じるところもあるでしょう。ですが、精神疾患とは、本来、脳の異常が起こる病気のことを言うのです、逆説的に言えば、それだけ精神疾患が安易に診断されていると考えていいのかもしれません。
 うつ病であれば、気分が沈んで生活が正常に送れなくなったり、神経症であれば、身体の不調を感じるようになってしまったりします。統合失調症では、妄想や幻聴などを経験するようなこともあります。

 こうした精神疾患の治療は、問診などによって、まず脳の機能に異常があるのかを検査することになります。病気であるとわかったときには、まずは薬を使わずに、カウンセリングによって気分や思考などの問題を解いていく治療が行われ、それから場合によっては薬が使われたりすることになります。専門的には「認知行動療法」と呼ばれる治療が行われ、そこで物事のとらえかたなど認知のゆがみを修正していきます。精神疾患になると、まさに病的に物事をネガティブに捉えたり、異常な不安を感じたりします。そうした考え方を専門家との面談を通して偏りなくしていくのです。

向精神薬は身体への悪影響を起こしやすい

 一方で、現在世界の医療潮流としては、精神疾患への薬はあまり安易に使わないように、という姿勢が求められています。

 米国精神医学会が、向精神薬は、最初に身体などの状態を検証し、薬の副作用を継続的に確認している場合でなければ処方をしないように、という提言がなされているのです。向精神薬とは、文字通り精神に効果を示す薬全般を指す言葉です。うつ病、不安障害、統合失調症などの精神疾患の治療薬ですが、これらの向精神薬は、副作用を起こしやすい薬であることが知られているものでもあります。例えば、脂質など新陳代謝に好ましくない影響を及ぼして、動脈硬化を進めることがあります。そうすると、心臓の病気につながることもあります。一方で、神経や筋肉、心臓血管にもトラブルを引き起こしたりすることがあります。ですから、薬を使うときには、最初にまず薬の影響があらわれやすいか、もともと血液の検査値に異常がないかを確認し、投薬を始めてからも副作用が出ないかを常にチェックしていく必要があります。

 また、同じ米国精神医学会は、精神疾患の薬をなるべく2種類以上同時に使わないように、と勧告しています。副作用を伴うことのある向精神薬は、同時に複数の種類を使うとさらに薬の相互作用などでトラブルを起こしてしまう可能性がある、ということが明らかになっているからです。

 ほかの病気にも共通していますが、薬は場合によっては毒にもなり得ます。まずは薬を使わずに対応する手を考え、使うとしても慎重に使う、という考え方を身につけておくことはとても大事なのです。