室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

糖尿病──血糖値が高めでもよい年齢は?(31回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術
糖尿病──血糖値が高めでもよい年齢は?
糖は高すぎると悪さをする

 唐突ですが、人はなぜ生きている、すなわち活動できているのでしょうか。もちろんそこにはいろいろな要素が絡み合っているわけですが、エネルギー源があってそれを消費している、というのは大きなポイントです。活動に必要なエネルギー源の中でも特に重要なのが、糖です。血液の中の糖からエネルギーを取り出して、全身に行きわたらせているから、人は動くことができるのですね。血液の中の糖は血糖と呼ばれます。その濃度を表しているのが血糖値です。血液の中の赤血球で酸素を運んでいるヘモグロビンは血糖と結びつくことがわかっていて、糖と結びついたヘモグロビンは糖化ヘモグロビン、HbA1c(エイチビーエーワンシー)と呼ばれています。じわじわと糖とくっつくため長期的な血糖値の状態を知るときの目安になるので、とりわけ参考にされています。
 血糖はエネルギー源として大切なのは先ほど述べたとおりですが、高すぎると糖が悪さをして、神経や内臓に負担をかけてしまうことも分かっています。
 血糖値は標準的には空腹のときに110㎎/dL未満、HbA1cは5・8%未満となっているものですが、血糖値が126㎎/dLを超えたり、HbA1cが6・5%を超えたりしてくると糖尿病と判断されます。食事や運動に気をつけてこの値を低くすることが大切だ、というのは日ごろからよく聞くことがあるのではないでしょうか。血糖値を抑えるためには、薬を使うこともあります。高いままの状態が続いてしまうと、神経が機能しなくなったり、血管が動脈硬化を起こしたりして、内臓の病気になってしまうのです。

高齢者のHbA1cは7・5%程度で良い

 血糖値が高いときには、HbA1cの値を参考にしながら、糖尿病の基準値以下に血糖値を保つことを目標にさまざまな対策を取りますが、年齢によってその基準値の考え方は変えてもよいというのが、チュージング・ワイズリーの考え方です。
 米国老年病学会は、糖尿病の治療を進めるときの血糖値の目安として、65歳を超えた人は、一般的に言われている6・5%ではなく、より高めの7・5%未満に保てていれば問題はないと指摘しています。
 もっとも、高齢になれば血糖値が高くてもいいと言っているわけではありません。高齢になっても、薬も使って血糖値を下げることは有益です。
 ですが、血糖値を下げることは同時に低血糖という副作用を起こす可能性もあるという点に気をつけなければなりません。先にお伝えしたように、血糖は身体にとっては重要なエネルギー源なのです。血糖値を下げるということは、身体からエネルギー源を奪うことにほかなりません。ですから、血糖値を急に下げるのは、年齢によらず身体にとっては負担になるものなのです。低血糖になると、頭がふらふらしたり、ひどいと気を失ってしまうことさえあります。
 年齢が高くなると、そうしたデメリットの部分が目立ってくるというのが、世界的に注意を促されているところとなっています。
 米国老年病学会では、平均寿命から10年以上若い人の場合であれば、血糖値は7・90~7・5%の範囲に収めるのが妥当ではないかと勧めています。一方で、平均寿命から10年を切っているならば、7・5~8・0%の範囲に収めるとよいと指摘しています。血管の病気が既にあるなどの理由から平均寿命が限られているならば、8・0~9・0%の範囲に収めていればいいともしています。
 糖尿病の問題はますます日本でも注目されるようになっていますが、血糖値はただ単純に下げればよいというばかりではない、というところに注意していただきたいと思います。一見良さそうなことにも、デメリットが隠れているのが医療というものだ、とお考えください。