室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(29回)『絶対に受けたくない無駄な医療』(室井一辰著,日経BP,2014)ガン以外の疾患 受けたくない医療25【検査】 無用な胸部X線検査はするべからず 米国外科学会、米国 一 般内科学会、米国病院医学会、米国集中治療関連学会、米国内科医学会

絶対に受けたくない無駄な医療

絶対に受けたくない無駄な医療

【第29回】

ガン以外の疾患
ガンに続いて、ガン以外の疾患を幅広く見ていこう。
無駄な検査や意味のない治療は患者の負担を強いるば
かり。病気を治し、生活の質を向上させるために、ど
のような医療行為を避ければよいか。米国の〝総意〟
から学んでいこう。

受けたくない医療25【検査】
無用な胸部X線検査はするべからず
米国外科学会、米国 一 般内科学会、米国病院医学会、米国集中治療関連学会、米国内科医学会

 一連のガンをめぐる「Choosing Wisely」の内容では検診を戒めるものも多かったが、ガンに限らず繰り返しの検査は必要なのだろうか。
 米国外科学会は、「特別な病歴や身体検査で異常が見られない外来患者に、入院時や術前の胸部X線は避けるべきだ」と説明する。
 学会によると、X線検査で写真を撮っても、検査を受けた人のうちわずか2%しか治療方針に影響しないと説明している。検査したからといって98%は何の発見も得られなかったというわけだ。「意味が出てくるのは、身体検査で心臓や肺の疾病が疑われる場合、あるいは6カ月以内に胸部X線検査を受けていない70歳以上の高齢者に限る」と学会は解説する。
 日本でもX線写真を気軽に撮るところがあるかもしれないが、ちょっとした心配でX線を撮ると追加で5000円かかる。保険医療なので負担は軽くなるとはいえ、「本当に必要だったのだろうか」と疑問を持つ人もいるかもしれない。
 米国一般内科学会はさらに画像検査のみならず、一般的な身体検査の意義も問う。「無症状の成人に対して、安易に一般的な身体検査をしてはならない」。
 ここで言う身体検査とは、身体測定や尿検査のような定期的な健康診断を指している。一般的な身体検査は外来受診でも珍しくはないかもしれない。病気の検査のため、予防のために行うもので、一見問題ないようにも見える。
 学会は定期的な身体検査をしても、病気の罹患を減らしたり、死亡率を減らしたり、入院を減らしたりする科学的な根拠が臨床研究で示されていないと実施に反対だ。むしろ無用な検査を増やし、有害である可能性もあるという。
 一方で意味を持つのは、急性の病気で外来を受診する場合、根拠に基づいた予防的検査、高血圧のような慢性的な疾患の治療のための検査である。ここでいう根拠に基づいた予防的検査とは、糖尿病、ひいてはその後の腎臓や目の機能低下を防ぐための血糖値の検査のような場合を指す。ちなみに、以降の「受けたくない医療」の項目では、一見、予防のために意味があると思われている検査でも根拠がないケースが登場する。そのあたりは見どころなので、注目していただきたい。
 さらに、米国病院医学会は、入院の患者を想定して検査を繰り返す無意味さを指摘する。
 「検査結果が安定している時に、血液検査や生化学検査(※18)を繰り返し行うべきではない」。入院患者で、頻繁に血液検査を実施する場合は少なくないし、短期間に何度も血液を抜かれることもよくあるが、学会は問題だと見ている。「放血はヘモグロビンやヘマトクリットの値を変化させて貧血につながる。貧血は重大な問題を起こす可能性があり、特に心臓や肺の疾患がある患者では大きな問題」と、患者にとってデメリットしかないと指摘する。医療機関で血液を抜きまくって貧血になってしまうというのは、ブラックジョークのようだ。専門的には「医原病」と呼んでいる。
 さらに、医療経営の側面でも、不要な採血を減らすと、血液採取の手間やコストを減らせるほか、貧血に伴う事故を減らせるので、対応のための新たな手間とコストが減る。
 米国集中治療関連学会も繰り返しの検査に否定的だ。「毎日のように連続的に、診断のための検査を実施してはならない。特定の臨床上の疑問に応じて行うべきである」と断言している。特定の臨床上の疑問とは、患者が失神したとか、胸痛が出てきたといった病状に対する疑問という意味だ。そうした疑問を解くために検査をすべきだと強調する。
 学会によれば、多くの臨床研究で、胸部X線検査や動脈ガス検査(※19)、血液・生化学検査、血球数検査、心電図検査のような診断のための検査が連続的に実施されている。毎日のように実施されている場合も少なくない。「臨床上の疑問が生じた時に検査するならばよいが、連続的な検査は単に患者の出費を増やすだけ。治療方針に影響し得ると判断できるならばまだしも、多くは治療成績に利益ももたらさない。むしろ有害性を及ぼすだけと分かっている」と説明する。
 想定される有害性は幅広い。不要な放血による貧血、無用な輸血による感染症の危険や出費があり得る。さらに、連続的な検査でたまたまよく分からない異常が発見されて、結果として過剰な治療につながっていく恐れもある。
 米国内科医学会も、「胸部の病理学的な問題が存在しない時には、術前に胸部のX線検査は必要ない」と言う。手術をする前に「念のために」と胸部のX線写真を撮るべきではないという内容で、胸の異常を示すような、痰や肺の組織の異常などから胸部の問題が特定できた時に限るべきだとの意味だ。「術前に胸部のX線検査を実施しても意味のある変化を得られることはまれであり、患者の管理や治療成績にも影響しない」と説く。過剰な検査は禁物という流れが強まっている。

※18 血液検査の中でも特にコレステロールや尿酸値、ミネラル分、タンパク質など化合物の含まれる濃度を調べる検査を生化学検査と呼んでいる。
※19 文字通り動脈に溶け込むガスの濃度を調べる検査。動脈に含まれる酸素や二酸化炭素の濃度によって、肺での酸素吸収や二酸化炭素排出、全身の組織での酸素の利用や二酸化炭素の排出状況を調べられる。

(第29回おわり、第30回へつづく)