【第108回】
第三部
専門学会が設定している
基準値にNO! 医療費の急増を
前に動き出した保険者
2014年4月、医療の常識から見て驚くべき出来事が日本であった。日本人間ドック学会と健康保険組合連合会(健保連)の研究グループが健診データを解析し、健康の新しい基準値を提案した動きだ。150万人の検査データから「超健康」と認定される1万5000人ほどを抽出して、その検査値の分散から健康の基準を探ろうとした。
ここで驚いたのは、従来の専門学会が設定していた正常値の基準を完全に無視するような形で健康の基準を設定したところだ。専門家の頭を飛び越える形で基準値を発表するという点が従来の常識を超えていた。実際、日本高血圧学会は反対の見解をすぐさま発表している。
本書のまえがきでも触れたように、日本高血圧学会は従来の高血圧治療ガイドラインで、正常血圧を収縮期血圧、いわゆる「上の血圧」で130mmHg未満、拡張期血圧、いわゆる「下の血圧」で85mmHg未満と定めてきた。過去の臨床研究から、重篤な病気や死亡のリスクが高まる水準を参考としたものだった。
だが今回、日本人間ドック学会は、正常の範囲を収縮期血圧で147mmHg以下、拡張期血圧で94mmHg以下と大胆に引き上げた。これまでの専門学会の基準で言えば「高血圧」だった人を「健康」だと言い切ったわけだ。
これはBMIでも中性脂肪でも、LDLコレステロール、いわゆる悪玉コレステロールでも同じだ。日本人間ドック学会の〝新基準〟に照らせば、健康な人が一挙に増える。
背景には、研究を担った2団体の意向が大きい。特に健保連だろう。
健保連にとっての命題は、会社員から預かった健康保険料をできるだけ節約し、安定的な運営をすることだ。そのためには、医療費が拡大する中で健康な人を正しく健康であると見定めなければならない。外部の専門学会の基準が誤っているのであれば、専門家による基準であっても改めることは必要だ。今回、日本人間ドック学会と健保連が提示した健康基準の「再設定」は、医療界に一石を投じた。
「Choosing Wisely」のような動きも、普及している医療行為に対する再評価の動きである。今後、健保連をはじめ保険者は同じような再評価に熱い視線を注ぐに違いない。日本版のChoosing Wiselyを推進する組織の一つとして、健保連の存在が浮上する可能性もある。
(第108回おわり、第109回へつづく)