室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(109回)『絶対に受けたくない無駄な医療』(室井一辰著,日経BP,2014) 「パック料金」で変わる医療

絶対に受けたくない無駄な医療

絶対に受けたくない無駄な医療

 

【第109回】
 「パック料金」で変わる医療

 国の動きも無駄な医療をなくすうえで重要だ。その中でも、医療費の「包括化」は大きな可能性を秘めている。

 従来の医療は、個別の医療行為に対して報酬が発生する「出来高払い」が一般的だ。医療機関にとっては検査や治療を実施すればするほど儲かる。賢い医療機関ほど、患者から許容される範囲で検査や治療をやり尽くし、「診療費を必要十分にいただく」ことが定石になっている。結果として、過剰診療が生まれてしまう。
 それに対して、大規模な医療機関を中心に「包括払い」が広がっている。個別の医療行為ではなく、「疾患群」と呼ばれる病気ごとにかかる医療費が決められているのが特徴で、患者は疾患群の内容に従って医療費を支払う。いわば「パック料金」である。
 包括払いの何がいいのかというと、病気ごとに医療費の上限が定まるため、医療機関にとっては検査や治療をすればするほど利益が圧迫されるところだ。必要最低限の検査、必医療費の急増を前に動き出した保険者要最低限の治療で効率的に病気を治さなければならないため、必然的に検査や治療の必要性に厳しい目を注ぐようになる。
 大病院の入院だけではなく、大病院の外来や診療所の医療行為にも包括払いを浸透させるべきだという要求はかねてあった。それが現在の医療費の拡大もあり、包括払いの範囲を広げるべきだという声が公然と上がるようになっている。
 診療報酬は厚生労働省の傘下にある中央社会保険医療協議会(中医協)の議論で決まる部分が大きい。国の方針もあるので安易には言えないが、包括払いの導入が広がれば、医療行為の選別に寄与するChoosing Wiselyのような取り組みは、それぞれの病気における最低限の医療行為を特定するために必須となるだろう。
 中医協は、健保連のようなカネの出し手である「保険者の代表」、医師をはじめ医療サービスの提供者である「医師や歯科医師、薬剤師の代表」、公衆の利益を担う「公益の代表」の三者で構成される組織だ。保険者の代表は包括払いに積極的だろうが、医師や歯科医師、薬剤師の代表がたやすく包括払いを受け入れるとは考えにくい。両者の駆け引き、政府の動向は日本版Choosing Wiselyの動きを考えるうえでは意味深い。

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 また、医療界による取り組みではないが、広島県呉市が進めるジェネリック差額通知システムは注目に値する。
 薬には特許で守られた新薬である「先発薬」と特許切れとなった薬の後続品である「ジェネリック薬」がある。ジェネリック薬は成分が同じなのに価格が安いので、薬にかかる費用を節約できる。呉市ではジェネリック薬が存在するのに先発薬を使っている人に対して、「ジェネリック薬に切り替えると薬代が節約できますよ」と具体的な金額を示して通知する取り組みを進めている。このシステムはジェネリック薬だけではなく、通常の薬でも導入可能だ。
 この取り組みには全国の医師会から拒否反応が届いたという。医療側にとって、薬の選定という裁量権を侵される動きであり抵抗感は強い。しかし、今後、医療の効率化を進める一つの手として注目されている。「あなたの治療はこのままでいいのですか?」。そう通知されれば、患者だって考えざるを得ない。
 ガイドラインの無料公開も、今後の動向が注目される。
 ガン患者や家族には有名かもしれないが、国立がん研究センターの運営するインターネットサイト「がん情報サービス」や「科学的根拠に基づくがん検診」では無料情報が掲載されている。ここでは、ガンの最新の診断や治療、予防に関する情報を得ることができる。適正な医療や最新の医療について情報を得ようとすれば、ガイドラインを参考にするのが早道だが、日本では有料の場合が珍しくない。しかも、書籍でしか発行されていない場合も多い。ガイドラインの情報を無料で確認できるかどうかは患者にとって決定的に重要だ。
 「Minds」という公益財団法人、日本医療機能評価機構が運営するインターネットサイトも、同じように無料のガイドラインを閲覧できる点でよく知られる。ガイドラインの無料公開は、効果のある医療を普及させていくための第一歩として意味深い。
 東邦大学の「医中誌診療ガイドライン情報データベース」も、そういった無料サイトの一つだ。東邦大学がガイドラインの発行情報を整理したもので、ガイドラインの所在情報を調べるのに役立つ。
 日本において患者向けに医療情報を提供するインフラ整備は大きな課題。患者側と医療側の情報格差の埋め合わせは重要な視点だ。

(第109回おわり、第110回へつづく)