室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(79回)『絶対に受けたくない無駄な医療』(室井一辰著,日経BP,2014)精神症状の異常が見られても、 認知症患者への抗精神病薬は慎重に 米国医療ディレクターズ協会、米国精神医学会、米国老年医学会

絶対に受けたくない無駄な医療

絶対に受けたくない無駄な医療

【第79回】

受けたくない医療76【脳神経】
精神症状の異常が見られても、
認知症患者への抗精神病薬は慎重に
米国医療ディレクターズ協会、米国精神医学会、米国老年医学会

 認知症になると、認知機能が低下するだけではなく、患者が暴れたり、徘徊したり、うつになったりと、精神に関係した様々な症状が出てくる。だからといって、抗精神病薬を用いた薬物療法を安易に行ってはならない。 米国医療ディレクターズ協会は、認知症に関係した精神症状に対して抗精神病薬の処方に慎重であるべきだと指摘する。「認知症では、行動および精神症状の異常(BPSD)が見られる場合がある。しかし、背景にある要因を探ることなく抗精神病薬を処方しても治らない」と説明する。
 協会によると、症状の原因が肉体的あるいは神経の疾患からきているのか、精神的、心理的な問題からきているのかを見極めなければ、より正しい治療を選択できないという。
 認知症に伴う行動あるいは精神症状の奥にある原因とは、例えば痛みや便通異常のほか、騒音や寒さや暑さといった環境要因もある。患者をより快適な状況にしたり、ストレスの要因を除去したり、患者を介助したりという対策で問題が解消する場合は少なくない。考えられる対策を打った末に効果が乏しければ、初めて抗精神病薬の処方を考える。薬を処方する場合には、合意形成を取ることも欠かせない。
 抗精神病薬を使う目的は、認知症の患者が自らに、あるいは他人に害を及ぼす状況を解消することにある。多少の問題があるからといって、抗精神病薬の処方に踏み切るのは「愚策」と協会は指摘する。
 米国精神医学会も、「認知症の行動、精神的な症状の最初の治療として、抗精神病薬を使ってはならない」と指摘している。学会によれば、認知症に伴う行動や精神的な症状は非認知性症状および行動として定義される。興奮、攻撃性、心配性、いらだち、うつ、無気力、精神異常として表出してくるものだ。
 事実、臨床研究によれば、抗精神病薬を使うことで、かえって脳心血管系の問題が発生したり、死亡率が上昇したり、パーキンソン病のような症状が発生したり、筋肉の緊張が強まるような錐体外路系症状が発生したり、鎮静、混乱、認知的な異常、体重増加などの問題が起こる。リスクを上回る効果が得られない恐れがあるということだ。「薬剤によらない治療が失敗した場合、あるいは患者が自分や他者に危害を及ぼす可能性のある場合など限定的な場面で処方すべきだ」と米国精神医学会は注意を喚起する。
 さらに、米国老年医学会も同様の見方を示す。認知症の患者はよく介助者に抵抗して、挑戦的な態度を取ったり、邪魔したりする。このような場合に、抗精神病薬を使うことがあるのだが、効果は限定的と説明。脳卒中や死期を早めるような重大な有害性を伴うこともあるという。薬剤の使用は、薬によらない治療が失敗したり、患者が切迫した状況に置かれたりした場合に限って処方すべきである。

(第79回おわり、第80回へつづく)