室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

排泄の処置の話──尿道カテーテルの入れっぱなしは禁物(53回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術
排泄の処置の話──尿道カテーテルの入れっぱなしは禁物
身動きを取れない状態になるとよく行われるが……

 日本の病院で入院のために埋まっているベッドは90万床ほど。そのうちのおよそ8割は75歳以上の後期高齢者です。そうした方々の中には自ら排泄をすることが困難になっている人がいます。排尿の場合には、そのたびに誰かからの介助を受けるか、おむつをつかって排尿するか、あるいは尿道にカテーテルを入れて、その管を通して排泄するか、といった何かしらの対策を取る必要があります。
 排泄は人間の尊厳にかかわる問題です。他人の手を借りなければ排泄ができないというのは心苦しいことで、高齢者のほか、脳卒中や神経の病気などで身動きが取れなくなった人にとっても同じように問題になります。そうした方々にとって、先ほどあげた尿道へのカテーテルの挿入、というのはありふれた対処方法のひとつです。介助して、排尿を自分でさせるようにサポートできればそれにこしたことはないのですが、手助けする人がいない、そうした高齢者の排尿をするための設備を備えてないなどの理由から、そうもいかないケースが多いのです。そしていざ尿道カテーテルを始めると、管を通したまま放置しておけるので、これに頼りがちになってしまうこともしばしばのようです。しまいにカテーテルを取り外すタイミングを失うようになるというのは、日本でも日常的な光景になっています。それは医療従事者の都合である一方で、高齢者をそこまでつきっきりで介助できない、という家族の事情でもあります。このままではよくないと誰もが薄々気づいているのに、放置されてしまっている問題です。抜けるものなら早く抜く この問題については海外でも議論がなされており、現在世界の医学界からは、カテーテルを使うことそのものはよいものの、入れっぱなしにすることには問題がある、と注文をつけられています。
 米国における慢性期医療の代表的な専門組織、米国医療ディレクターズ協会は、緊急の状況下でのカテーテル使用は認めるものの、それをすぎてからはつけたままでいるべきではないとしています。尿道にカテーテルを入れること自体は、何らかの病気の治療の際に一時的に行うことはやむを得ないのです。一方で、それが本当に手軽で、あらゆる患者にとって良好な方法かといえば、実質的にはデメリットもありますよ、という意見です。というのは、尿道カテーテルをつけたままにしていると、カテーテルを通して膀胱へと細菌が侵入する恐れが出てくるからです。さらにそこから腎臓の方まで細菌が広がり、血液にまで感染が広がる可能性もあります。
 そうは言っても、現実的に尿道カテーテルを使わないで高齢者をみるなんて無理だよ、そんな状態になるのも仕方のないことなんだ、という声も出てくるかもしれません。しかし、世界の流れをみていくと、そうも言っていられません。ここまで見てきた入院させっぱなし、ベッドに寝かせっぱなしと同じように、過剰なケアはむしろ人間の回復の機会を奪う可能性があるのだというのが、大きなメッセージとして背景にあるのだと考えています。
 米国看護学会も、カテーテル関連尿路感染症が、米国においては医療行為に伴う感染症としてとりわけ一般的であることを問題視しています。看護系のこの学会でも、カテーテルは抜けるものならばできるだけ早くに抜いてあげるべき、とされています。そうすることで感染症を減らすことができ、合併症の負担や経済的な負担を軽くできるというのです。
 いったん身動きを取れなくなった人のカテーテルを抜いて、排泄の介助をすることは、もちろん介助者にとっての負担になりますので、困難を伴うことも多いでしょう。ですが、それをせずにつけたままにしておくことのリスクは、きちんと把握しておくべきです。