室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(7回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019) 影響は軽いものから命にかかわるものまで 1

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術
影響は軽いものから命にかかわるものまで

 こうした状況は、医療を受ける多くの人に共通しています。

 医療機関が勧める診断や治療には、必要性を疑うべきものがあるのは確かです。そこから受ける影響は軽いものから重いものまであり、たとえば、入院し続ける高齢者の問題はここに当てはまるかもしれません。

 私は2018年、ある雑誌の取材で、高齢者が必要もなく入院させ続けられている状況があることを、あらためて確認するにいたりました。

 1973年から1982年まで、9年にわたって高齢者の医療費が無料だった時期がありました。このときに、いったん入院させた患者を、退院しても良い状態になっても入院させ続けることで、病院が収入を稼ごうとすることがよく行われていました。これらは「社会的な入院」といわれて批判にさらされています。国はベッド数を削減しようと1985年に規制を始めたのですが、駆け込み需要でベッド数が急増したのです。さらに、2007年に診療報酬と呼ばれる医療費の価格表が見直されたときも問題がありました。看護師を7つのベッド当たりに1人配置すると価格を上げられるようにしたので、金に目がくらんだ医療機関が殺到し、想定されていた5万床をはるかに超える35万床が作られてしまったのです。ムダなベッドが増えて、もちろんムダな入院が急増したのは言うまでもありません。

 これが先ほど述べた誘発需要と呼ばれる、医療機関が金銭的な利益を求めてムダな医療に走ることの一例です。診療報酬につられて医療が動いていることを示している典型例でもあります。同じようなことは、さまざまな領域で起きていることが予想されます。

 入院が延びるだけなら命にかかわらないかもしれませんが、命にかかわるムダな医療もあります。

 2013年に、末梢閉塞性動脈疾患(PAD)と呼ばれる足の血管が詰まってしまう病気の治療で、死亡者が出る事態が表沙汰になったのです。血管の中が狭くなると、金属製の管状の網「ステント」で血管内部を人工的に広げる手術が行われることがあります。問題になったのは、症状もないのに、ステントを使った手術が乱発されるなどして死亡者が出た、という点です。日本血管外科学会が、不適切な治療をして死人も出ているという状況に警告を発したほどでした。ステントは血管の内部に管を通して行うタイプの手術で、もともと体への負担が軽く、受け入れやすい手術だったはずでしたが、血管にとってステントは異物のため、場合によっては大きなトラブルを起こす要因ともなったのです。ステントの治療を行うと、20万円ほどの収入が手に入るために広がってしまった、やはり誘発需要の問題と考えられています。

(第7回終わり。第8回に続く)