室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(106回)『絶対に受けたくない無駄な医療』(室井一辰著,日経BP,2014)この10年で1日当たりの患者数は70万人の増加!

絶対に受けたくない無駄な医療

絶対に受けたくない無駄な医療

【第106回】

この10年で1日当たりの患者数は70万人の増加!

 まず患者周囲の変化について考えれば、そもそもには患者数の増加があるのだが、同時に患者が無駄に気づく機会も増えている。
 その背景にあるのは、インターネット情報の拡大だ。SNSのサービスを提供する会社に勤めるある友人に、10年前に聞いて驚いたことがあった。SNSのサービスを利用する人が、当時で既にパソコンよりもケータイの方が多いという事実だ。その当時、私はまだまだネットサービスの中心はパソコンだと思い込んでいた。
 単に私が遅れていただけなのだろうが、10年前でさえ主役がケータイに移っていた。いわんや現代をや。情報はパソコンではなくケータイで得るようになっている。スマートフォンが登場したことで画面の解像度が格段に向上し、画面で表示できる情報量は飛躍的に増えた。通信速度の向上も寄与して、動画も含めた多様な情報を容易に得られるようになっている。
 患者にとっては、医学的な疑問をケータイで解決できる可能性が出ている。たとえ理解できなかったとしても、自分の受けている医療の必要性を判断する材料が得られる。情報がないよりもはるかに問題意識は強まるだろう。
 テレビを見ても、『みんなの家庭の医学』『主治医が見つかる診療所』『ためしてガッテン』など、医療に関わる課題を考察する番組は枚挙にいとまがない。医療の疑問をタレントや医師を交えて解決していくような内容だ。自然と分かりやすい医療情報が頭に入っていく。
 患者が増えているのだから、メディアが動くのも必然だ。冒頭で紹介した通り、厚生労働省の「患者調査」によると、入院患者と外来患者を合わせた推計患者は2002年の792万9000人に対して2011年には8・5%増の860万1500人まで増えた(調査日1日の数値)。1日70万人の増加で、患者が増えれば情報の需要も高まる。
 医療が財政、経済的な問題になっていることも見逃せない。ここはよく言われるので詳しくは述べないが、日本の国民医療費は2011年度に38兆5850億円と40 兆円近い。3割負担とはいうものの、それぞれの家庭の健康保険料の負担感も増しているのではないだろうか。

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 本書の冒頭で書いたように、私は病気の問題に直面した人の家族、あるいは本人から相談を受けることが少なくない。患者のほとんどが徹底した情報武装をして医療機関を受診している。ガンをはじめとした重大な疾患であればあるほど、必要な診断や治療についての知識を得ようとしているように見える。
 2001年に起きた東京女子医科大学の医療事故と隠蔽事件のあたりから医療に不満を持つ人々が増えた、という見立ては冒頭で述べた。厚生労働省の「受療行動調査」の2011年のデータも既に出しているように、医療機関に対する不満を感じたことがあると回答した人はおよそ3割に達している。
 前提として、望んで病気になる人は基本的にはいないはずだ。それにかかる費用はないに越したことはない。海外だろうが、日本だろうがこの点に違いはない。
 そういったことを踏まえれば、「費用対効果が悪くても、治る人が一人でも増えるに越したことはない」などとは言っていられなくなると思う。
 患者はPSA検査やコルポスコピーのような専門的な検査であっても、事前にその意義を検討してから医療機関を受診し始めている。胃ガンの治療を受ける時も、あらかじめ開腹手術がいいのか、腹腔鏡による手術がいいのかを調べている。10年前、20年前と同じように日本の患者を語ることは適切ではなく、米国と同じように患者が費用の妥当性に目を向ける点では差はなくなっていると考えるべきだ。費用に見合う医療を提供すべしという社会的な要請は、高まることはあれ弱まることはない。
 Choosing Wiselyの推奨、非推奨を見て、日本の医師は2通りの反応を示すと思う。それぞれの学会が推奨している項目を「合理的」と感じるか、「非合理」と判断するかだ。
 合理的だと感じる医師が多ければ、日本にも広げない理由はない。Choosing Wiselyの中にはすぐにも取り入れられる部分がある。日本でも米国にならって広げていくべきだろう。
 問題になるのは、非合理であると判断する場合だ。Choosing Wiselyの中で米国消化器病学会が推奨している「大腸内視鏡の検診は10年に1回で十分」を例にして考えてみよう。

(第106回おわり、第107回へつづく)