室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(23回)『絶対に受けたくない無駄な医療』(室井一辰著,日経BP,2014)受けたくない医療15【肺ガン】 肺ガンのCT検診はガイドラインより頻繁に行わない 米国胸部医師学会、米国胸部学会

絶対に受けたくない無駄な医療

絶対に受けたくない無駄な医療

【第23回】

受けたくない医療15【肺ガン】
肺ガンのCT検診はガイドラインより頻繁に行わない
米国胸部医師学会、米国胸部学会

 肺ガンのCT検診が今、にわかに注目されている。海外では、米国癌協会がヘビースモーカーに対する肺のCT検診を推進しようという動きを見せている。日本でも同じように胸部のX線検査より有効である可能性が議論されている。
 しかし、米国胸部医師学会、米国胸部学会の2学会は合同で、「肺ガンのリスクの低い人に対して、検診目的でCT検査をしてはならない」と注意を促す。
 米国癌協会が勧める背景でもあるが、「低用量CT検査」による肺ガンの検診は、リスクの高い人に対しては肺ガンによる死亡を防ぐ効果を示したという研究結果がある。「リスクの高い人」とは、55~74歳までの人々のうち、過去15年間にわたって少なくとも「30パック年」(※11)の喫煙歴がある人を言う。あくまでもヘビースモーカーが対象であって、そこそこの喫煙では必要ない。
 CT検査が人間に害を及ぼす可能性があるということはよく知っておかねばならない。「放射線にさらされる有害性」「ガンがないにもかかわらずガンと診断される有害性」「組織がだんごのように集まった肺結節の精密検査を繰り返す有害性」「痛みを伴わない良性腫瘍を拾う過剰診断の有害性」などが起こり得る。
 肺に異常な影があると大騒ぎになって、気管支に内視鏡まで入れて調べた揚げ句に「問題ありませんでした」という面倒には巻き込まれたくない。「検診は高リスクの人だけにとどめるべきであり、低リスクの人まで対象とするべきではない」というのが両学会の考え方。肺ガンの主な原因が喫煙である以上、日本でもおおよそ似たように喫煙者で問題となるのだろう。喫煙状態次第では、医療機関の側から「ちょっとCTは待った」と止めてほしいところだ。
 さらに、「Choosing Wisely」では肺結節の精密検査について、頻繁に、しかも延々とすべきではないと勧める。
 米国胸部医師学会と米国胸部学会の2学会は、合同で「肺のCT検査でガンか不明の結節が見つかった時に、正体を診断しようとガイドラインの水準よりも頻繁に調べる必要はない。しかも、より長い期間にわたって追いかける必要はない」と述べた。今、米国にあるガイドラインでは、「結節」を調べる時には、検診の頻度や実施する期間を病変の悪性度によって決めるよう提案している。
 検診の頻度としては、3カ月ごとに繰り返す必要はないと説明する。さらに、2年間以上も続けて調べるような検査も無用と説く。従来の臨床研究の結果に基づいて、肺ガンの死亡率を引き下げる効果はないと明らかになっているためだ。頻繁で念入りな検診をしてしまうと、むしろ患者を放射線にさらしてしまううえに、かえって新しく「謎の結節」を見つけて、無意味な検査を延々と続ける羽目に陥る危険がある。
 過去にガンにかかった経験のない患者では、結節が2年間増大していなければ、悪性度は極めて低いと学会は考えている。ただ、CT検査の画像で「すりガラス」のように粉が散ったようにくもって見える場合は、より長く経過を見るよう提案している。

※ 11 30パック年の場合ならば、1日1箱のペースで30年間吸っていた人、1日2箱を15年間吸っていた人が該当する。

受けたくない医療16【肺ガン】
早期の肺ガンで脳転移の画像検査は不要
米国胸部外科学会

 ガンになると脳への転移が懸念される。
 ガンはもともとあった臓器から、リンパ管を通って全身に拡大していく。この広がりの程度を「ステージ」という。進行度に合わせて、ステージ1、2、3、4と分類できる。ガンは肺の酸素を取り込む場所などで発生し、大きくなるとリンパ管に沿って肺の外に進出して、関門となるリンパ節で押しとどめられ、ここを突破すると全身へと転移していく。最初の臓器にとどまっている時はステージ1、同じ臓器でもう少し広がるとステージ2、リンパ管を通って、関門であるリンパ節に至るとステージ3、全身に広がるとステージ4 という具合だ。
 肺ガンの場合の脳転移をどう捉えるか、米国の学会が考え方を出している。肺ガンは、小さなガン細胞がちらばるように存在する小細胞肺ガンと、ガン細胞が塊を作る非小細胞肺ガンに分かれている。この項目の考え方は、非小細胞肺ガンについての方針である。
 米国胸部外科学会は、「ステージ1の非小細胞肺ガンが疑われている、あるいは組織を取る検査で非小細胞ガンであると判明している患者について、『神経学的な症状』がない場合には、治療を実施する前段階で脳の画像検査は必要ない」という見解を示す。
 神経学的な症状とは、まひが見られたり、言葉がうまく話せなかったりする症状を指している。そうした症状がなければ、脳の画像検査はいらないというわけだ。
 学会は、「原発巣が小さいにもかかわらず脳に転移した『オカルト脳転移』(※12)の発生率は3%未満と低い」と臨床研究に基づいて説明。早期のガンで安易に脳の画像診断は勧められないと説明する。
 学会が問題視するのは、むやみに治療費が増えてしまうことに加えて、治療を遅らせてしまう問題だ。脳の画像検査をしている間にガンが進んでしまっては元も子もない。さらに、脳の画像検査をしたところで、治療の方針が変わる場合がまれである点も重視しており、「意味合いは低い」と強調する。日本で言えば、5万円程度の医療費がかかる。画像検査を受けて何もありませんでしたと言われればホッとするが、「そもそもやる意味はありませんでした」とは、あまり教えてもらえないだろう。
 ガンの脳転移がないにもかかわらず、ガンの脳転移があると判断される「偽陽性」の懸念もある。臨床研究によると、偽陽性の起こる可能性は11%にも上るという。脳への転移を検出したとしても、10回に1回はニセモノというわけだ。偽陽性だと分かれば、追加で精密検査をする必要に迫られるので、患者の身体的な負担を増やすほか、ステージの判断を誤れば、その後の治療も誤ったものになり、治療成績を「悲劇的な結果にする」と学会は懸念する。
 加えて、学会は「医療従事者によっては脳のMRI検査やCT検査を漫然と行っている場合もある」と嘆く。無症状の早期肺ガンの患者に対して、肺の手術をする前に脳転移がないか念のために調べようと、多くの医療従事者は「よかれ」と思ってやっている。だが、脳転移を早期の段階で調べても費用対効果は低く、「医学的に不要」というのが学会の判断だ。
 「Choosing Wisely」の指針だけではなく、国際的な指針でも早期の肺ガンに対する画像検査には慎重な方針を示している。米国胸部学会と欧州呼吸器学会の合同声明では、「術前の脳の画像検査は勧めない」と明記。さらに、世界的なガンのガイドラインの基準となる方針を示す公的機関、米国国立総合がんネットワークの現在の非小細胞肺ガンのガイドラインにおいても、術前の脳の画像検査は無症状のステージ1Aの非小細胞肺ガンに対しては「推奨しない」と記述している。ステージ1Aとは、ステージ1のうちガンの大きさが3㎝よりも小さい場合だ。

※12 ガンがほとんど見えない段階で、いきなりほかの場所にもガンが転移すること。目に見えず、触れることもできないまるで心霊現象のようなガンの転移であるため、「オカルト」の名称で呼ぶ。

(第23回おわり、第24回へつづく)

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