室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(26回)『絶対に受けたくない無駄な医療』(室井一辰著,日経BP,2014)受けたくない医療19【ガン治療】 治療する前にプランを作れ 米国癌委員会

絶対に受けたくない無駄な医療

絶対に受けたくない無駄な医療

【第26回】

受けたくない医療19【ガン治療】
治療する前にプランを作れ
米国癌委員会

 ガン治療において、「始める前にプランを作れ」という視点を強調しているのが米国癌委員会である。「治療の際に治療計画を作るなんて当たり前だ」と思うかもしれないが、こういった提言を出すくらいだから、不十分な実態があるのだろう。特に治療後に、再発していないかどうかを確認する時には、生存に向けた介助計画を必ず作るようにと求めている。
 委員会は、「ガン治療後の不適切で過剰な検査が一般化している」と指摘。むしろ新たな病気の発生を許したり、患者の精神的な負担を招いたり、高額な検査費用につながったりすると問題視する。
 「生存に向けた介助計画」は、患者に対応する医療従事者にとって、意味のある検査や支援を提供していくための道しるべになる。米国で専門的な医学のあり方を研究する公的機関、米国医学研究所(IOM)も同様な見方を示している。メリットとしては、「不要な医療サービスの回避」「適切なリハビリ」「精神的支援」が挙げられるという。
 介助計画には、「ガンのタイプ」「ステージ」「受けるべき治療」「経過観察のための検査のタイプと頻度」「リハビリや支援の体制」といった情報を含む点が重要だ。そのひな型は、米国Livestrong Foundation(リブストロング財団)、全米癌生存者同盟(NCCS)、米国臨床腫瘍学会を含む公的な機関が提供している。
 米国癌委員会は、このほかガン治療に先立つ準備についても次のように書いている。「ガンの範囲を明確にし、患者と治療の程度を議論することなくガン治療を開始してはならない」。まずはガンがどれくらい手強いかを判断し、治療の程度を決めなければならない。
 これは、「診断」「治癒」「維持」「緩和」のいずれの側面においても有効に作用する。進行ガンや転移ガンのある患者を中心に、ガン治療の程度について理解していない場合が多い。ガンの治療について医療側と患者側で話す際に、実際には治癒や維持の話は全くなく緩和の話ばかりに終始している場合でも、患者側が治癒するものと考えている場合も少なくはない。さらに、治療費用についての理解が乏しかったり、リスクや潜在的な治療に伴う副作用を理解していなかったりする場合もある。
 緩和治療は確かに意味がある。症状から患者を解放し、生存を短期的に延ばす面もあるからだ。しかし、重大な有害性があることもあり、患者の生活の質を悪化させる場合もある。
 つまりは、ガン治療では多面的な観点から、患者と納得ずくになるまで話し合うのが重要ということだろう。初回治療、再発や転移治療のそれぞれの場面で対応は変わる。病歴や身体検査、生検の結果、適切な画像検査の情報に基づき、ガンのタイプや病期、あるいは範囲を特定するなど、臨床ステージを正しく評価して記録することも重要だ。
 さらに委員会は手術について言及しており、腹部の大手術、または胸部の大手術でも計画性の大切さを強調している。「術後の痛みの管理、肺炎予防の手順や標準的な手法をあらかじめ考えよ」と指摘している。痛みや肺炎は、深刻な合併症や入院延長の原因となる。あらかじめ計画を立てておくことで、そうしたマイナス面を避けられるという。適切な麻酔を施して術後の痛みを軽減し、呼吸器による治療方法を考えておけば、肺ガン患者の生活の質を高められる。医療機関を挙げて手順や治療計画をまとめていくのが重要ということだ。分子標的薬でも手術でも、事前に治療の効果や術後の対策について考えねばならない。

受けたくない医療20【ガン治療】
「いきなり手術」はご法度
米国癌委員会

 米国癌委員会は、ガンの治療を実施するうえで「いきなり手術」はご法度と考えている。まずは、ガンのタイプやステージに合わせた術前の「補助化学療法」や「放射線治療」を検討するようにと勧める。補助化学療法とは、手術の効果を高めるために実施する抗ガン剤の投与を指す。薬や放射線を使うと、効果的に治療できたり、生活の質を改善したり、生存率を高めたりする可能性がある。
 「手術前にやっておいた方がお得な処置」がいろいろあるというわけだ。医療機関が教えてくれない場合には、自分で調べなければならないから厄介だ。ここで委員会が示す考え方を紹介したい。ちょっと専門的だがご了承いただきたい。
 様々なガンで、手術前に補助化学療法、ホルモン療法(※15)、放射線治療を行うと、手術だけを実施するよりも治療効果が高くなると分かっている。ガンを小さくして、取るべき病巣を小さく抑えられる場合もある。そうすれば、内臓機能を損なわない治療も可能になる。ガンの再発や転移を防ぐうえに、患者の生活の質の向上にもつながってくるわけだ。
 また、術前の補助化学療法は、乳ガンの治療で乳房切除を不要にする可能性もあると分かっている。さらに、直腸ガンにおいては腸切除が不要になったり、喉頭ガンで声帯温存手術が可能になったり、末端部の軟部組織肉腫では切除が必要なくなったりする場合もある。
 手術前に抗ガン剤を投与すると、その分だけ手術が遅れる可能性も指摘されるが、臨床研究によればその心配はないと委員会は説明する。最初から手術をした方がよいという考え方は臨床研究に基づく根拠がない。にもかかわらず、現在までに、術前補助化学療法の恩恵にあずかっていない人も多いという。
 委員会は、術前の補助化学療法を次のような患者に推奨している。臨床ステージが2Bと3Aの「非小細胞肺ガン」、臨床分類がT2.4aの「食道ガン」、臨床分類がT3とT4の「直腸ガン」、臨床分類がT2、T3または臨床ステージ3の「乳ガン」、「頭頸部ガン」、切除可能な「膵臓ガン」、末端部の「軟部組織肉腫」である(※16)。

※15 乳腺や前立腺のように性に関係した臓器に生じるガンはホルモンの影響を受けやすい。そこで、手術の前にホルモンを抑える治療を行って、ガンを小さくする方法を取ることができる。
※16 臨床ステージは肺の内部から全身に広がる程度に応じて、肺のごく一部にとどまるステージ0から反対側の肺や全身に広がるステージ4に分類する。1、2、3は、癌の大きさや左右の肺の程度によって、AとBにさらに分かれている。1Aよりも1Bの方が進行していると判断できる。一方で、TNMと呼ばれる臨床分類における進行度の基準もある。このうちT0からT4の分類は腫瘍の大きさを判定する方法で、腫瘍がない状態を示すT0から周囲の臓器に触れるほど大きくなったT4まである。

(第26回おわり、第27回へつづく)

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