室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(30回)『絶対に受けたくない無駄な医療』(室井一辰著,日経BP,2014)受けたくない医療26【検査】 軽度の頭部外傷でCT検査をするべからず 米国救急医学会、米国小児科学会

絶対に受けたくない無駄な医療

絶対に受けたくない無駄な医療

【第30回】

受けたくない医療26【検査】
軽度の頭部外傷でCT検査をするべからず
米国救急医学会、米国小児科学会

 子供が頭を打ったから救急車を呼ばなければ、という場面は少なからずある。CT検査で頭の撮影をしなければ、と焦る保護者も多いかもしれない。医師も念のためにと撮影することが多いと思われる。しかし、米国救急医学会は、「軽度の頭部外傷の患者に対して、救急で頭部のCT検査を実施してはならない」と断言する。
 ここでいう軽度の頭部外傷とは、指針や診断基準といった根拠のあるルールに沿って「低リスク」と判断できるものを指している。後述するが、リスクの高い場合は医師が診察すればすぐに分かる。
 学会によれば、軽度の頭部外傷は救急を受診する主要な理由で、子供でも成人でも一般的に起こる。軽度の頭部外傷の患者の多くは、頭蓋骨骨折や脳出血を伴っておらず、CT検査で診断する必要もないことがほとんど。CT検査はむしろ有害という立場に学会は立つ。放射線を照射するので、脳の組織の遺伝子を損傷する可能性がある。結果として、その後のガンリスクを高める方が問題で、重大な症例に限って実施すべきだと学会は説く
 本書の第一部で、北山君という少年の事例を紹介しているが、まさしくこのケースに当てはまる。北山君はCT検査を結果として受けなかったが、受ける必要はなかった可能性が高い。
 医師の役割はCT検査をするべき患者をきちんと見極めること。軽度の外傷に対してCT検査を行わないと自信を持って説明する責任がある。ガイドラインを参考にしながら、病歴や身体検査を通して見極めていかなければならない。
 臨床研究によると、CT検査を減らしていくとかえって安全性を高められ、効果的な診療につながっていくと証明されている。子供における軽度の頭部外傷であれば、CT検査を行う前に経過観察をすることを重視する。米国小児科学会も、「CT検査は、救急における軽度の頭部外傷を評価するために行ってはならない」と指摘。臨床的な経過観察は「PECARN(小児救急医療応用研究ネットワーク)」の基準に基づいて行い、画像検査の要否を判断すべきだと説く。PECARNは「意識低下」や「嘔吐」があった時にCT検査を進めている。要は重傷と医師がすぐに分かるようなリスクのある場合に限るという
ことだ。
 学会によれば、頭部外傷で救急を受診する子供のおよそ50 %がCT検査を受けているが、その多くは不要だという。
 無用に放射線にさらされるのは子供には「危険」で、将来的にガンになる可能性を高めてしまう可能性も否定できない。子供の脳の組織は放射線によるイオン化(※20)に感受性が高いと指摘されているうえ、不必要なCT検査は患者の出費を強いる。CT検査を行うかどうかを決める前に、様子を見る時間を取らなければならない。
 日本でCT検査を実施するとおよそ3万円かかる。3割負担でも1万円の負担だ。子育て世代にとって、「不要ですよ」と教えてもらえれば、それは福音ではないだろうか。

※ 20 体の中の水や酸素などは放射線に当たると電気を帯びる。この電気を帯びた状態をイオンと呼ぶ。細胞の設計図となるDNAはイオンによって破壊されることがあって、DNAにある遺伝情報が変化する場合がある。この変化はガン化につながる可能性がある。

(第30回おわり、第31回へつづく)