室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

手術の前後のケア──過去の常識は変わることがある(50回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査してはいけない手術
手術の前後のケア──過去の常識は変わることがある
毛髪は剃らない

 先に述べましたとおり、日本で行われる手術の件数は、年間250万件はくだらないと見られています。この数字は全身麻酔の件数から推定したものですが、手術を行うのは全身麻酔だけではありませんから、相当な件数の手術が行われているのは間違いありません。
 手術を受けるときに、毛を剃 そ るという処置を受けることがあります。手術をす場所に生えている毛が邪魔だったり、感染症につながりそうだったりする、という理由から剃られてきました。少なくともかつてはそれが当たり前だったのですが、そうした常識が大きく変わっているのは、知っておいてもいいかもしれません。過去に常識のように思われてきたことも、大きく変わることがあるのです。
 チュージング・ワイズリーが提唱する最新の医学的知見によれば、手術の前には毛を剃らない方が正しい、ということになるようです。米国看護学会からは、手術を行うときには毛髪を剃らないように、という指針が出されています。髪の毛が邪魔になるようなときでも、手術前の処置として行うのはバリカンで刈り込むのみ。皮膚に刃物を当てて毛を剃るのと、毛を短く刈り込んでいくのとでは皮膚への影響に違いが出てくるからです。剃る場合は、皮膚の表面に小さなキズがつくことがよくあり、そこから感染が発生する可能性が出てきます。刈るのであれば皮膚にはキズはつきません。
 過去の研究によると、感染が起こる割合は、毛を剃ると2・3%、毛を刈ると1・7%、毛に何もしないときは0・9%と、毛を剃らないのが理想的、というデータになっているのです。

術後の抗生物質は時代遅れ

 似たような観点から見直されるべき医療行為として、チュージング・ワイズリーは手術後に細菌を抑えるような抗菌薬(いわゆる抗生物質などをふくむ、細菌の増殖を抑える薬)を使わないように、とも説いています。米国医療疫学会や米国皮膚科学会が、手術が終わってからは抗菌薬を使わない方が良い、という見解を出しているのです。飲むのも塗るのも好ましくありません。抗菌薬は手術前や手術の途中では意味はあるのですが、手術の後はメリットがない、ということが分かっているのです。むしろ薬の効きにくい耐性菌を増やしたり、薬を使っても生き残るクロストリジウム・ディフィシルという細菌が腸で増える感染症を引き起こしたりする恐れがあることなどが分かっています。また傷口に抗菌薬を塗った場合には、キズの治りが悪くなる可能性も指摘されています。
 感覚的には手術後の感染症を抑えるために抗菌薬を使った方がいいのではとも考えられそうですが、過去のエビデンスに基づく研究が出した判断は、逆なわけです。医療行為は、とにかく科学的な根拠を参考に考えるということが、間違った選択を取らないためには大切であり、その点を周知する動きが高まっていることをここでも確認できます。