室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

そもそも検査する意味はない?(21回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術
そもそも検査する意味はない?

 ここで問題となっているのが、そもそも前立腺がんを見つける意味があるのか、という点です。厳密に言うと、がんを見つけること自体には意味があるのかもしれませんが、少なくないコストを払ってまでする意味があるのか、という問題です。検査をしても、がんがあるとも限りませんし、本当は意味がないのに、足を開いて針を刺されるような恥ずかしい検査を受ける場合も出てきます。寿命に影響しない前立腺がんが多い中で、血眼になって探し出すのはやりすぎでは? という考え方です。
 前立腺がんを見つけるために行われているPSAの検査は受けるべきなのでしょうか。そこが賛否両論になっているのです。
 賛成の立場は、PSAの検査で幸いにしてがんを見つけられたら、がんの治療につながり、逆にがんがないとわかれば、安心につながるという至極わかりやすい考え方です。
 反対の立場は、検査をしてもほとんどの場合がんがみつからないのだから余計な精密検査を受けるだけではないか、と言うのが一つ。または、がんが見つかっても、結局、そもそも死に至ることがほとんどないから、見つけるまでの手間やコストを考えたときに、大勢に検査を強いるのには問題があるのではないかということです。
 PSAは、日本でも、住民検診、人間ドック、医療機関などで、幅広く行われている検査です。40歳を超えた年代から、気になる人には受けてもらえるように勧められています。チュージング・ワイズリーの観点から、「検診のためにPSA検査を行うべきではない」との方針を示しているのは、米国家庭医学会、米国老年医学会、米国臨床癌学会といった学会があげられます。 
「過剰な診断」で性機能に影響のおそれ、10万円超の出費も 健康な人が、病気を見つけるために行うのが検診です。そこで前立腺がんのような命にかかわらないものを余計に見つけてしまい、さまざまな精神的、身体的な負担につながっては本末転倒なのでPSAの検査はしないほうがいい、というのが近年の米国医学会の見方です。米国家庭医学会は「前立腺がんを過剰に診断してしまう」という表現をしています。先にも述べてきたように、たとえ前立腺にがんがあっても、死亡につながるようなケースが少ない、ということを重視しているようです
 前立腺がんは進行が遅いことから、過剰な治療を行う可能性が指摘されているがんです。治療となれば、手術をすると、身体に傷がつきますし、性機能にも影響が及んでしまうのです。経済的な負担も無視できません。精密検査を受けるとなると、10万円ほど。日本で手術をするとなると、自己負担分は30万円ほどになります。入院費用などを含めるとさらに負担は増えてしまいます。
 チュージング・ワイズリーでは、先にご紹介したような形で「PSA検査ではがんを見つけても、男性の命を救うことがほとんどできない」という根拠も示されています。アメリカとヨーロッパの研究で、PSA検査を受けてがんを見つけても、死亡率に影響はなかったという結果が出てきているのです。そうした結果が出てきたのは2000年代の後半のことで、アメリカでは「PLCO研究」と呼ばれる研究から、PSA検査を受けても受けなくても患者の死亡を防ぐ効果がないと報告されました。ヨーロッパの研究ではPSA検査の意義はあるのではないかという結果も出ていたのですが、その効果は大きくはないのではないかと判断されています。
 なお、学会とは異なる、米国の公的機関である米国予防医学作業部会(USPSTF)は、2012年に前立腺がんのPSA検査を最低の推奨度に設定、「実施する意味はない」と強調しましたが、ヨーロッパの結果なども考慮し、2018年に、医師とメリットとデメリットを話し合って実施するかを決めるように、としました。賛否両論が続いていますが、チュージング・ワイズリーがあえて検査は意味がないと強調することにおいて大切なのは、もちろんムダな検査を避けてもらうこともそうですが、一般の人に対して「盲目的に検査を受ける姿勢はいけませんよ」と警鐘を鳴らしているところにあるのではないかと私は考えています。

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