室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

医師が自らムダな医療を名指しする不思議(12回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019)

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術
医師が自らムダな医療を名指しする不思議

 ではなぜ、医学会が自ら不必要な医療を名指しするのでしょう。
 今回、ABIMファウンデーションに取材した事実などを踏まえて言えば、この背景には、過剰な医療への問題意識が米国の国内で高まっていることがあります。
 米国では、オバマ前大統領が、2009年に医療保険を全国民が利用できるようするアフォーダブル・ケア・アクト(ACA)と呼ばれる法律、いわゆるオバマケアが始まりました。これにはさまざまな批判の声はあるものの、基本線ではオバマケアは定着に向かって動いていると、私も米国に行って感じることができました。しかし、そうなると生じてくるのは、医療費高騰の懸念です。国内では医師が自らの利益のためにお手盛りの医療行為を拡大しているのではという疑念が持ち上がっていました。一方で、医療従事者の側でも、過剰な医療を放置していては、望ましい治療を進めることができなくなるという考え方も生じていたのです。
 さらに、医療費を制限するために、医療のパフォーマンスに対する関心も高まっています。米国の医療の枠組みでは、日本のように医療をやればやるほど医療費を請求できるという仕組みにはなっていません。行った医療が成果を上げたかどうかも見て、医療費を支払おうという動きが出てきているのです。医師の給与もこうした成果にひも付けられる方向で改革が進められています。
 こうした中で、医師にとっても過剰な医療=誤った医療に無関心ではいられなくなっているのです。チュージング・ワイズリーは、まさにそのような医学会の関心に沿った動きだったのです。医学会が自ら不必要な医療をリストアップしたのにはそうした背景があると考えられます。
 さらに、米国以外の国々でも「オーバーユース」の医療、つまりムダな医療を減らしていこうという機運は高まっています。やはりここまでお伝えしたように、医師にとっての利益になったり、リスクを避けたり、知識不足であったりする要因から、必要性の低い医療が行われてしまうのです。分かりやすく現状を言えば、「日本がぐずぐずしているうちに、世界は大きく動いている」と言っても誤りではないのではないかと思います。

(第12回終わり。第13回に続く)