室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(11回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019) 不必要な医療のリスト

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術
不必要な医療のリスト

 ABIMは、内科の専門医を認定する組織で、もともと医学会と強いコネクションがありました。一方で、その関連組織であるABIMファウンデーションは、医療の適正化を使命にかかげている団体でもあります。プロジェクトはまず、テキサス大学の医師のアイデアで、不必要な医療を5つのリストの形で各医学会にあげてもらう、ということから始まったのです。最初は9つの医学会だけで始めたのですが、ABIMのコネクションを生かし、参加する医学会を一気に広げていったのです。
 ムダな医療とは何か、という点について、第1章でご紹介しましたように、チュージング・ワイズリーで重視しているのは、エビデンスです。根拠に基づいて、医療行為の必要性を問うているのです。米国で一般に広がっている医療行為であっても、エビデンスに基づいて見直した結果として必要性が疑わしいと判断された場合には、「それはあえてする必要がある医療行為なのか?」と、権威ある医学会が容赦なく疑問を投げかけています。それは彼ら自身がこれまで行ってきた行為に対する問いかけにほかならず、非常に大胆な提言といえます。
 私は2018年9月に、ABIMファウンデーションのトップを務める、ダニエル・ウルフソン氏に米国フィラデルフィア本部で取材をしました。このときに、氏は「チュージング・ワイズリーがうまくいく、という確たる見通しを当初から持っていたわけではなかった」と振り返っています。もちろんABIMファウンデーションは成功を期して取り組み続けてきたのですが、私が想像していたよりも暗中模索の中で進んでいたというのが実情だったのであろうことがうかがえました。ところが、このキャンペーンは、2018年までに、複数の世界的な医学誌の論文においても「医療界に浸透しており、進歩を見せている」と報告されるまでの広がりを見せるに至っています。
 ABIMファウンデーションでは、キャンペーンが受け入れられた要因をいくつかあげています。まず、「5つのリスト」というシンプルな仕掛けを採用していたこと、さらに、医学会の自主性に任せる草の根運動的だったこと、そしてこの動きに賛同したのが権威ある医学会だったこと。こうした特徴がこのキャンペーンが広まった原動力になったのではないか、と考えているということでした。ウルフソン氏が強調していたのは、チュージング・ワイズリーが目的としているのは、不必要な医療を明らかにすることで、医療従事者と患者との対話をうながして、医療の適正化を推し進める
ことだ、ということでした。
 米国では2016年の調査によると、医師の約半数がこのキャンペーンを認知するまでになっています。実際に、病院によっては電子カルテに、チュージング・ワイズリーでかかげている項目を組み込んで、医師が不必要と考えられる医療行為を行おうとしたときに確認するような仕組みも始まっています。

(第11回終わり。第12回に続く)