室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(4回)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(室井一辰著,洋泉社,2019) 医師はなぜムダな医療を行うのか

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術

世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術

医師はなぜムダな医療を行うのか

 では、なぜこうしたムダな医療ははびこってしまうのでしょうか。

 医師がムダな医療を提供している理由は、大きく2通りにわかれており、医師が知っていて行っている場合と、知らずに行っている場合とがあります。

 知っていてやっている場合というのは、医師側が利益を追求したいときと、リスクを回避したいときに起こりやすいと考えています。

 日本の医療機関では、外来については、医療費は行った分だけ請求できる「出来高制」になっています。ですから、医療従事者にとっては検査をしたらしただけ収入になります。治療もした分だけ収入につながることになります。そのために、メリットがほとんどないことは知っているけれども、余計な医療行為を行ってしまうのです。このような、医師が利益を追い求めるあまりに医療行為が過剰に行われることを「誘発需要」と呼んでいます。ニーズが人工的に誘発されるからです。日本を含め、世界中で問題になっている事例としては、膝の半月板の手術でしょう。スポーツ選手が膝の内部にある半月板と呼ばれる軟骨を痛めるケースがありますが、これを治すために手術をする必要はあまりない、と最近では考えられ始めています。ところが、この手術は良い収入になるのです。そのために過剰な手術が行われている、という実態があるのですが、こちらも追って第5章で紹介しましょう。

 もう一つ、医師が知りながらあえて行っているムダな医療は、リスクを回避するための医療行為です。典型的なのは出産のときの帝王切開です。米国では、2000年ごろまでに生まれた子どものうち、帝王切開は20%~25%でしたが、2010年前後は30%~35%まで急増しました。その背景にあると考えられているのは、訴訟です。通常の経膣での出産のときに、母親や生まれてくる子どもが死亡したり、障害を残したりすることはまま起こるのですが、そうなったときに訴訟が起こされ、多額の賠償金を請求される恐れがあるわけです。そのため訴訟社会の米国では、トラブルの起こりやすい経膣の出産を避けて、帝王切開を優先させることが多くなっている傾向があります。こうした事情から、医師は必ずしも医学的に必要とされていないことを知りつつも、帝王切開をしていることがあります。これがリスクを避けるためのムダな医療です。

 日本における帝王切開の実施比率は2013年に18・5%と報告されています。米国のような事情があれば、この比率も上昇する可能性はあるのです。


(第4回終わり。第5回に続く)