実質的な効果が何もないケース
次に、メリットがそもそもほとんどない場合。医療行為として行う意味がそもそもない、というようなケースです。なのにどうして行うの? という奇妙さからあえて分けて考えてみました。
極端なことを言えば、薬効が何も含まれていない錠剤を毎日飲み続けるような医療です。プラシーボ効果という言葉があるように、「何か飲んでいる」という安心感は得られるかもしれませんが、それを医療によるメリットと言えるかどうかは微妙です。その薬には実質的な効果がないのですから。
そんなことが実際にあるのかと言えば、あるのです。風邪のときに飲む抗菌薬は、それに近いケースでしょう。抗菌薬は、細菌に効く薬です。風邪の原因はほとんどウイルスですから、抗菌薬を飲んでも何の効果もありません。万が一、細菌感染があるかもしれないというケースはありますが、ほとんどメリットはないと現在では考えられています。ここについても第4章であらためてお伝えします。
やってはいけない医療
最後に、デメリットが大きすぎるケースです。メリットよりもデメリットが大きいという最初のパターンに含まれるのでそのように考えても差し支えありません。ですが、ムダというニュアンスよりもさらに強い、明らかに行ってはいけないケースという意味合いから分けてみました。医学会が禁止に近い姿勢で「行ってはいけない」と勧告を出している場合があるのです。知っておいた方がいいレベルが一段高いと考えています。重い副作用が判明したような医療行為は、ここに入れることができます。
卵巣がんの検診はまさにこうした事例です。単に「ムダだから行わない方がいい」というレベルを超えて、「デメリットが大きすぎる。行ってはいけない」と明確に注意を呼びかけられている医療行為となっているのです。卵巣がんを見つけようという検診ですから、一見問題はなさそうなのですが、じつは、米国をはじめ海外では、やってはいけない検査であるという共通認識ができあがりつつあります。これはあまり日本で知られていないかもしれません。この点についても第3章で詳しく触れますが、卵巣がんは、検査をしてもほとんど見つからないがんなのに、不必要な検査や治療が行われるので、身体的、精神的な負担ばかりがかかります。世界的にはデメリットが大きすぎるという考え方が強く、公的な機関が行うべきではないという見方を示すところまで来ています。
お伝えしたとおり、ここにお示しした例については、追ってご紹介していきます。本書でムダな医療を考えるための、基本となる考え方として、ムダな医療をパターンに分けて説明しました。
(第3回終わり。第4回に続く)