室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(110回・完結)『絶対に受けたくない無駄な医療』(室井一辰著,日経BP,2014)医療側による「医療の再設定」が不可欠

絶対に受けたくない無駄な医療

絶対に受けたくない無駄な医療

【第110回】
 医療側による「医療の再設定」が不可欠

 医師ら医療従事者と話していると、患者と同じ目線で検査や治療について話し合うのを「時間の無駄」と考える傾向があると感じることがある。医師らの立場に立てば、「むべなるかな」と思う。医師になるために必要な知識を得るには長い期間を要する。患者に理解してもらうにも、患者側に一定の知識があることが前提だ。「患者側が医療側と対等に話そうとするのは無謀」と考える医師がいても不思議はない。
 だが、患者側の情報武装が進んでいる以上、医師ら医療側は今後、組織として患者への情報提供に対応せざるを得ない。その手段を考える主体は、やはり医師ら医療側であるべきだ。そして、行き着く先にはChoosing Wiselyのような、医療側による「医療の再設定」が必要と考える。
 今後の医療改革を考えると、日本の医師ら医療側が先手を打つのが一番いいのではないだろうか。置かれている状況は米国と変わりない。外部の締めつけに従って、やむなく動き出すのは好ましい事態ではない。
 「エビデンス・ベースド・メディシン」。医療の世界で広がる「根拠に基づく医療(EBM)」と呼ばれる考え方については第一部で紹介した。医療の価値を透明化するため、臨床研究の結果に基づいて意味のある検査や治療、予防を見極めようとする方法だ。日本においても、EBMの医療は当たり前になっている。ガイドラインとして、専門家の方針を整理する動きも一般化した。その動きを一般へと広げていくのは、医療側の責任だろう。
 米国では、Choosing Wiselyキャンペーンは医学会から始まった。医師らが自ら動いたのだ。医療費の拡大と医療の効率化の要請が強まる中で、全米の医師が団結して、各学会の担当分野で意味のない医療を特定して発表した。
 一見、医師ら医療側にとっては自らを縛り、自由な医療を提供できなくしているようにも見えるのだが、そうではない。学会がコンセンサスを作れば、専門家が本当に必要な医療を特定できるうえに、一般にその認識を共有させることができる。つまり、社会における医療の情報共有が進み、専門家がより医療を提供しやすい状況を作ることが可能になる。米国でキャンペーンが広がったのは、医師ら医療側の利害が一般の利害と一致したためだ。
 日本でも早く同じような動きが出てきてしかるべきではないだろうか。でなければ、保険者や国、市町村など医療の外部から否応なく、締めつける動きが出てきかねない。結果として、医療側の対策が後手に回ってしまう可能性もある。医療の混乱は公共の利益にも反する。本当に必要な医療を選別するプロセスが入らないとなれば、誰にとっても望ましくないだろう。Choosing Wiselyが米国から広がっているのはいいきっかけになるはずだ。

 

 意味のある医療を広めるにはどうすればいいか――。それを考えるために、米国のChoosing Wiselyの周辺をめぐってきた。ここまでいろいろと述べてきて、よりよい医療を目指すために米国の医療関係者が試行錯誤している様子を認めてもらえたと思う。今後は、その先にあるものに目を向けていきたい。
 本書では、日本の中で起きている医療の新しい動きを確認した。インターネットをはじめ情報産業の動きはその一つだ。意味のない医療はやはり受けたくないという根本的な患者の思いにも寄り添った。日本の医療界ならではの事情にも耳を傾けた。そうして越えるべきハードルを探ってきた。すべて、意味のある医療を受けることが当たり前の世の中になってほしいと願うからだ。
 あなたの家族や友人、知人が病気になった時に参考となる情報を集めやすくして、いつでも見られるようにするのは極めて重要な対策だ。これまでの考察をきっかけとして、そんな新しい情報の構築が日本で始まればと願っている。全国の人が意味ある医療に気軽に触れることができて、少しでも悩みを解消できるようになれば、それに勝る幸福はないと考えている。

 

絶対に受けたくない無駄な医療 完

(第110回おわり、あとがきへつづく)