室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(98回)『絶対に受けたくない無駄な医療』(室井一辰著,日経BP,2014)症状がなければ頸動脈狭窄くは問題なし 米国家庭医学会、米国神経学会

絶対に受けたくない無駄な医療

絶対に受けたくない無駄な医療

【第98回】

受けたくない医療95【循環器】
症状がなければ頸動脈狭窄くは問題なし
米国家庭医学会、米国神経学会

 「受けたくない治療73」でも失神と関係して登場した頸動脈狭窄の検査──。米国の学会は動脈硬化の観点から、過剰な検査に加えて治療にも厳しい目を向けている。
 まず米国家庭医学会は、「成人の頸動脈狭窄は、症状がなければ検査する必要はない」と、むやみな検査を牽制する。
 頸動脈狭窄は、心臓から脳へと続く血管が動脈硬化によって狭くなるもの。動脈硬化とは、脂肪やコレステロールなどが原因となって、血管の内膜が厚くなる状態を指す。血管が狭くなることで脳にいく血流が滞る恐れがある。
 しかし、学会は、成人の患者では症状がないにもかかわらず、検査で狭窄を見つけるのは、有益性よりも有害性の方が勝ると指摘する。検査の結果、適応もないのに手術をする羽目になり、死亡、脳卒中、心筋梗塞を含めた重大な有害事象につながる可能性があるからだ。
 さらに、治療にも言及しているのが米国神経学会だ。「症状を伴わない頸動脈狭窄があっても、合併症を起こす確率が3%未満であるならば、頸動脈内膜剥離術(CEA)を実施する必要はない」と言う。頸動脈内膜剥離術とは、頸動脈狭窄の状態がある場合に外科手術で血管内の厚くなった内膜をそぎ落とす治療だ。
 臨床研究によると、60%を超える狭窄があっても、症状のない頸動脈狭窄患者が頸動脈内膜剥離術を受けた場合、脳卒中および死亡の絶対的なリスク減少幅は5年間で5.6 %程度だった。外科手術に伴う合併症の確率は、ACAS試験と呼ばれる研究では2・3 %、ACST試験と呼ばれる研究では3・1%である。手術で得られるメリットからすると、手術に伴う有害性も無視できないくらい多いと判断できそうだ。
 いくつかの研究グループは、無症状の患者に対する手術では手術における合併症の確率を3%未満にとどめ、生命予後を3.5年は確保するよう求めている。3%にとどめたとしても、それでもまだ高く感じる。
 別の臨床研究によると、脳卒中の確率は手術を行っても薬物療法を行っても同様に低く抑制できると報告されている。外科手術と薬物療法を無作為に分けて比較した臨床研究は乏しく、手術の優位性には不明点もあるといわれる。
 現状を受けて、米国心臓協会のガイドラインでは、無症候の患者に頸動脈内膜剥離術を実施するのに妥当と考えられるのは70%を超える狭窄があり、そのうえで手術の合併症が低いと見込まれる場合と示している。頸動脈狭窄に関する検査はかなり限定的に見るべきだ。 

(第98回おわり、第99回へつづく)