室井一辰 医療経済ジャーナリスト

医療経済ジャーナリスト、室井一辰。『絶対に受けたくない無駄な医療』の連載をはじめ、医療経済にまつわる話題をご提供いたします。

(6回)『絶対に受けたくない無駄な医療』(室井一辰著,日経BP,2014)「ブルガタ症候群」で調べるほどに不安倍増! 

絶対に受けたくない無駄な医療

絶対に受けたくない無駄な医療

【第6回】

実例2
「ブルガタ症候群」で調べるほどに不安倍増! 
不十分な説明で混乱の極みに

 次は、心臓病の話にいこう。ブルガダ症候群と呼ばれる、突然死にもつながり得る遺伝性の不整脈におびえる経験をしたジェームズ氏(仮名、30代)の実体験である。
 ジェームズ氏は都内のある企業に勤める米国人。健康診断の心電図で小さな異常を指摘されたことはあったが、特に大きな問題にはならないと言われてきた。
 それが、2013年のある春の日を境に心臓の鼓動が強く感じられるようになり、心配から都内の医療機関を受診した。そこで告げられたのが、「ブルガダ症候群」という聞いたこともない病気だった。
 24時間、心電図を検出する「ホルター心電図」を使った検査を受け、3カ月後に再検査の方針を伝えられたのだが、その時に「もしかするとブルガダ症候群かもしれない」と指摘を受けた。
 ただ、確定的な診断がないまま、可能性だけが手放しで伝えられたのが、ジェームズ氏の場合はまずかった。 怖い病名だけを告げられて、訳が分からず、悩みの中に放り込まれる人はほかにもいるのではないだろうか。今の世の中であれば、患者が自分で調べて真実の情報にたどり着けそうなものだが、実のところ、ほとんど不可能である場合が多い。
 最初の診断時に、ジェームズ氏から病気に関する簡単な質問を受けていたが、後から聞いたその後の経緯は肉体的、精神的な苦痛を相当に伴うものだった。

 問題は、病気の判断根拠や背景の説明が不十分だったことにある。ジェームズ氏はインターネットを駆使して情報の検索に没入した。そして、そこで見つけた「原因不明の遺伝性の不整脈で、突然死のリスクがある」という情報に不安を募らせていく。
 ネットでさらに調べると、突然死を防ぐためには手術をして、心臓の発作を電気的に解除する装置を体内に埋め込まなければならないという。これまで命の危険を感じたこともなかったのに、母国でもない日本で突然、自分の死と向き合い、実感もないまま手術しなければならない状況に追い込まれたのだ。
 「もう訳が分からない」。診断も決まらず、治療の方針も分からない。不安は増すばかりで、軽減する情報はなかった。
 さらに悪いことに、最初の受診から1カ月後、日常行っているランニングの際に失神してしまう。救急搬送されたのだが、原因は分からない。念頭にはブルガダ症候群があり、突然死の恐怖に輪をかけるだけ。風邪をひいても、頭痛や咳がブルガダ症候群の症状ではと疑った。過呼吸や軽い手先のしびれも問題と感じ、手のひらの汗さえも気になった。
 疑心暗鬼になった彼は、この間、複数の医療機関を受診している。最初にしっかりとした説明があれば、受ける必要のなかったことだ。

 複数の医療機関で「問題なし」も…… 
 
 その後、ジェームズ氏は頭痛外来や内科、心療内科などを受診しながら問題の払拭に努めた。脳の検査もしたが、「問題なし」と断定された。ジェームズ氏自身は問題があると認識しているために、かえって不信感を抱くことにつながった。
 悪い知らせは続く。最初にブルガダ症候群と指摘した医師が、最初の受診から半年後の段階でブルガダ症候群の可能性をあらためて指摘したのだ。この時、心臓血管に作用する薬剤を投与して心臓の反応を調べる「薬剤負荷試験」という選択肢があると知って問い合わせたが、医師は不要と判断して行わなかった。
 結局、別の医療機関で薬剤負荷試験を受けたところ、新しい医師は「ブルガダ症候群ではない」と診断。最初の医師のもとに行き、データを突きつけたところ、「やはりブルガダ症候群ではない」と追認する結果となった。

 一連の医療機関への受診は何だったのか──。医療に頼ったことがある人ならば、ここまでの悩みとはいかないまでも、同じような徒労感を味わった人もいるのではないだろうか。患者側にも、医療側にも、無用な出費や手間、不安といったむなしさだけが残る。
 正しい情報にたどり着けないのは、疑われる病気が最近になって知られるようになった場合が顕著である。
 今回、ジェームズ氏を悩ませたブルガダ症候群はそもそも1990年代に特定された新しい疾患だ。最近になって、似たような心電図の変化を示す疾患群を「ブルガダフェノスコピー」と名づける動きもあるなど、互いの区別をいかにつけるか、世界の研究者が盛んに議論しているほどだ。医師にも結論が出ていない問題を前触れなく提示されても、素人が対応できるはずがない。
 今の状況は、医療側と患者側が互いに手札の見えないトランプをしているに等しい。医療側は手の内を見せないまま話を進め、患者側は何とか相手の手の内を見透かそうと裏を読む。結果として、誤解や混乱が増幅され、不信感を募らせる。このように、疾患に対するコンセンサスが得られていないことも、無駄な医療が生まれる一因だ。

実例3
「アスペルガー症候群」はもう存在しない
〝関係者〟の思惑で疾患が増える不都合な現実

(つづく、第7回へ)

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