【第3回】
溢れる情報に混乱する患者
病気に直面する人やその家族から相談を受けるようになって気がついたのは、インターネットの情報を、それこそ目を皿のようにして読み込む患者や家族の姿である。
昔であれば、いったん病気を患えば、書店や図書館を回って、限られた入門書を探ったり、分かりにくい専門書をひもといたりした。だが、ブログなどが増えた今は違う。ネットで検索すれば、かなり専門的な情報でも世界中から集めることができる。
事実、「ウィキペディア」の情報も参考になるし、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などが一般化したことで、ネット上に質問を投げかけても回答を得られる。家族や友人、知人のネットワークも使えば、かなり確度の高い情報が手に入るだろう。医療情報を知るための窓口は、もはや医療機関だけにとどまらない。土俵は完全に変わって、お茶の間に医療情報の窓口が移ったと言っても過言ではない。
ただ、溢れる情報が逆に利用者を混乱させている。
最近、糖尿病や高血圧などの医療に取り組む50代の医師がこんな話をしていた。
「受診してくる患者さんがこんがらがっているんですよ。皆さん、ネットでいろいろと情報を調べていらっしゃるんですが、医療情報は難しいので、やっぱり分からないんですよ。カラオケで曲数が多すぎて、歌うべき歌が分からなくなっている状況に似ていますね」
ネットで医療情報が溢れて、患者自体が消化しきれない状況にあるのだ。一昔前のようにヒット曲をいくつか押さえていればいいのではない。行き着くのは医療訴訟ではなく、ネットの情報の渦である。情報の渦から患者を救う力が求められている。
その中で、米国から新しい動きが出始めている。その中身とは、医療界が率先して道しるべを作り出す動きだ。 米国内科専門医認定機構財団(ABIM Foundation=ABIM財団)という組織が中心となり、米国医学会の71 学会が無駄な医療を順次公表していく計画で、2013年までに50学会が無駄な医療を公表している。「Choosing Wisely(チュージング・ワイズリー)」。いわば「賢く選ぼう」と名づけられたキャンペーンである。
挙げられる問題はごくありふれたものから、専門性の高いものまで幅広い。
「子供に風邪薬を出されたけど、1000円ほども払う意味はあるのかしら」
「ちょっと病院に行ったらCT検査をされた。1万円近くかかったんだけど釈然としない」
「あの診療所へ行くたびに聴力の精密検査をされる。出費が痛いんだけど」──。
そうした身近な医療の問題に正面から取り組み、行う必要のない医療行為をすべて数え上げているのだ。
キャンペーンが始まった2011年以降、参加する学会の所属医師数を考えると、全米の医師全体の8割が所属学会を通して関わっており、実質的に国家挙げてのキャンペーンになっている。既に「非推奨の医療」として名指しされているのは250以上を数える。本書では、米国のChoosing Wiselyから、日本にも関わりが深い医療行為を抽出して整理したうえで、100項目の医療を紹介する。
本書の第二部を中心とした部分は、特に断りがなければChoosing Wiselyの提言に基づいている。自らが該当の病気になっていなかったとしても、その考え方を吸収していただければ幸いだ。文献を示したところは、文献の内容を踏まえて掘り下げている。
なお、今後の研究が進むと、推奨が非推奨に、非推奨が推奨に転換する可能性もある点はお断りしておく。医学は日進月歩。米国の医学会による、少なくとも発表時点での最善の考え方と理解していただければ幸いである。
また、専門用語はできるだけ分かりやすく、補足を加えて書くように努めた。医療に詳しくない方でも医療の現実を理解できるよう想定したつもりだ。
自身、あるいは家族のためにぜひ参考にしてほしい。
(つづく、第4回)